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2014/04/17



新開♀さんがいじめられているので注意
前編は出会いなので後編で荒新になるはず。




荒新♀


わたしがYシャツ一枚でいることはすごく不健全なことなんだって、クラスの女の子達は口を揃える。
胸が突き出てるから下品らしい。
規定通りのスカート丈だって、新開さんは足が太いからもっと長くして隠したほうが良いよって、わたしを囲むみんながおかしそうに笑っている。
わたしは腰に巻いていたカーディガンを羽織ってこれで良い?って首を傾げる。
そうしたら途端に彼女たちのグロスの塗られた唇が歪んで、睫毛を翻らせた瞳が細められる。
「そういう顔、ムカつくんだよね」
いきなりそんなことを言われても、正しい返事の仕方が分からない。
わたし、エスパーでも何でもないもの。
この顔も身体もわたしが決めて選んだわけじゃない。
神様が気まぐれに投げて寄越しただけなのに、それで怒られるのって何だか変な気分だ。
綺麗にお化粧してスカートを短くしてリボンで胸元を飾っている可愛いの代名詞みたいな女の子たち。
憧れることも出来ないのかな、わたし。
「ごめんなさい」
魔法の呪文を、わたしは地べたを見つめながらひっそりと吐き出す。
こう言えば彼女たちは優越そうな笑みを浮かべてわたしの前からいなくなっていくのを知っていたから。
けど、今日ばかりは違ったみたいで、彼女たちは鋭い視線を崩そうとはしなかった。
「別にさぁ、謝って欲しいわけじゃないんだよねぇ」
「それより……自転車部ならさぁ、東堂くんの私物とかちょっと持って来れたりしない?」
「え?」
信じられないような言葉が耳に滑り込んできて、思わず顔を上げると彼女たちの目も口も見事に三日月に歪んでいた。
「タオルでもカチューシャでも何でもいいからさー、他の男子でも良いよ?」
「あ!隠し撮りとか出来んじゃない?」
「あー!そうしよ!ちょっと男子たちが着替えてるところとか撮ってきてよ?」
「じ、尽八なら声かければ写真くらい」
「はぁ?そんなんじゃなくて素の東堂くんが欲しいわけ、他の女たちに見せないような」
「ねえ新開さんお願いできるよね?」
「断ったりなんかしたらさぁ……」
白くて柔らかな、筋肉のついていない腕がするりと伸びて、わたしの胸をぐにゃりとその指で潰すように掴まれる。
「っ、」
綺麗に彩られた爪がカーディガンもYシャツも突き抜けて肌に埋まる感覚にぎゅっと目を瞑る。
怖い、だなんてこんな可愛い女の子たちに思うのはおかしいんだろうけど。
けどわたしは今、震えてる。
それでも逃げるなんて選択肢もなくて、だってわたしには尽八や自転車部の人たちを裏切ることのほうが、ずっとずっと怖い。
「でき、ないよ」
そう答えるのと同時に白い手が私の頬目掛けて飛んでくるのを、わたしはただ享受することしか出来ない。
バチンッて音が耳の近くで弾けて、じんじんとした痛みが口の中にまで響いてくる。
「いいから言うこと聞けよ!!」
可愛いらしい音色から考えられないほど汚ない声が転がる。
みんなの目は鋭いままわたしを貫いて、やっぱり逃げ場なんてどこにもない。
もう、泣いてしまえば良かったのかもしれない。
けどじっと耐えて微笑んでみせる。
わたしのささやかすぎる仕返し。
「満足した?」
ゆるりとそう言えば、今度は細い足がわたしのお腹に飛び込もうとガッと地面を蹴り上げる。
さすがにこれは痛いかも、なんて思う隙もなく降ってきたのは衝撃じゃなくてだらしない間伸びた声だった。
「邪魔なんだケドォ」
その声にわたしはぱちりと瞬きして、周りの女の子たちはバッと勢いよく振り返る。
「ゴミ、捨てれないンだけど」
片手に大きなビニール袋を持った彼は黒々とした髪を鬱陶しそうに掻き上げて、その指でわたしの後ろにあるゴミ捨て場を指差した。
その目はギラギラと唸るように尖っていて、睨まれた彼女たちの頬をつるつると汗が滑って、ファンデーションが溶けていく。
「あ、あのね、荒北くん、違うの」
「ただ、その、新開さんとお話してただけで……」
「何でもない!何もしてないの!!」
泣きそうな顔で彼女たちは必死に言葉を並べていく。
わたしを蹴ろうとした足を震わせて、彼女はごくりと喉を鳴らした。
「そうよね、何もないわよね?新開さん?」
荒北くんのことを見てた瞳が一斉にこちらを見る。
ぐらぐらと揺れる瞳たちの中で、頬を腫らしたわたしがぼうっとした顔で映り込む。
瞬間、荒北くんの怒声が響いた。
「いいからさっさとどけヨ!!」
弾けるように、彼女たちは駆け出した。
荒北くんの横をすり抜けて、悲鳴を飲むように背中を丸めて走っていった。
ばたばたと煩い足跡が遠くなっていく。
荒北くんは振り返りもせずにこちらに歩いて来たのでわたしはそこでやっと身体を動かしてゴミ捨て場の前から横にずれた。
ドサッと投げるようにゴミ袋を置く荒北くんの横顔をじっと見てると、「ンだヨ、何か文句あんのかァ?」と荒北くんがわたしを睨んだ。
わたしはとっさに魔法の言葉を吐き出す。
「ごめんなさい」
小さく頭を下げると、荒北くんはピクリと片眉を動かして、わたしに向き直った。
どうしたのかと首を傾げると彼の大きな口が開いた。
「何も悪くネーのに謝ってんじゃねェヨバカ!!!!」
そう叫ぶと荒北くんは若干すっきりしたような顔でそのまま背を向けて去って行ってしまった。
わたしはと言うと、ブワッと浴びせられた一言に、ぽかんと口を開けたまま返事も出来なかった。
考えたこともなかった。
謝るのに理由が必要なことがなかった。
大抵はわたしが何もしなくても、誰かの反感を買うことが多かったから。
わたしが何をしたって周りの空気は濁っていく。
彼女たちの目は鋭くわたしを刺していく。
けどわたしが笑ってごめんなさいを言えばぜんぶ丸く収まるから、そうしてきただけなのに。
「そう、だよね」
何もしないのに謝るなんて、おかしいよね。
わたしは誰もいないゴミ捨て場でぽつりと呟く。
「……不思議な人だな、荒北くん」
荒北靖友くん。
同じ自転車競技部のクラスメイトということ以外、何も知らない彼の睨むような瞳が怖くなかったことを、わたしは思い出していた。



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