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2014/03/15



女体化注意




いくら海常高校が部活動に熱を入れてるからと言っても、日もどっぷり沈んだこんな時間に第二体育館から光が漏れてることに気付いたのは、まだ慣れない部長としての雑務をなんとか終わらせて部室に鍵をかけているときだった。
「あれ?まだ電気ついてる……」
明かりがついている第二体育館は確か今日、男子バスケ部が使っていた筈だ。誰かが電気を消し忘れてしまったのかもしれない。入学式が終わり新入生が入ったばかりなのだし、新入部員がやってしまったのかも。
後で監督に怒られるのも可哀相だし、消しおいてあげようと体育館へと近づき、物音がするのに気付く。
バッシュと、ボールの音だ。間違いない、誰かが練習している。
(こんな時間まで練習してるなんて……見つかったらそれこそ大目玉だぞ?)
笠松あたりなら去年の悔しさもあって熱を入れてるのかも、とも思うけど私と同じで主将になったばかりだし、少なくとも学校の体育館でそんな真似はしないだろう。
じゃあ一体誰が、と体育館の少し開いた扉の隙間から中を覗き見た。
瞬間、目に飛び込んで来たのは眩しいくらいの黄色だった。
「え……」
きらきらと跳ねるような黄色い髪がふわりと浮く。大きな身体が宙に飛んで、綺麗な指先から放たれたボールが流れるようにゴールに吸い込まれていくのが見えた。
長い手足が地面に降り立った瞬間、彼の瞳が髪の毛と同じように黄色いことを知る。
ふう、と息を吐いた姿に思わず言葉が漏れた。
「……綺麗」
途端、彼の身体がピクリと反応して、慌てて身を隠す。
彼が後ろを振り返るのが気配で分かって、私は暴れそうな心臓を抑えながらじっと息を潜めた。
「気のせい、かな」
彼の声が聴こえてほっと胸を撫で下ろす。しかし声も恰好良いのか。
私は彼にバレないようにその場を後にすると、笠松に黄色の髪の新一年生がいるかどうか聞かなくちゃ、とぼんやり考えながら帰路に着いた。

次の日笠松の教室に押しかけ彼のことを聞けば名前は黄瀬涼太といいキセキの世代の一人で有名な雑誌モデルらしく「知らなかったのかよ……」と呆れ顔までおまけしてくれた。
だって最近は女バスの練習や部長として色々やることがあって忙しかったし、そもそも女子にしか興味のない私がレギュラー以外の男子バスケ部なんて知るわけがない。
「お前が男子を気にするなんて珍しいな」
「え?あ、いや、流石にあの時間まで残ってたらヤバいだろうし、モデルなら特にさ」
「モデルだから時間ないなか練習してるんだろうな、まあ俺のほうから注意しとく」
「ん、ありがとね」
笠松に礼を言って自分の教室に返った後も、笠松に言われた言葉が妙に私の心に引っ掛かった。
確かに今まで男子に綺麗だなんて思ったことなかっのにあのシュートする姿を見て、私は何故か見惚れてしまったのだ。
女の子は良い。花のように可憐で、柔らかくて、笑った顔がなんとも愛しくてたまらない。ひらりとまうスカートに似つかわしい儚さがなんともいえない。
男なんて女の子のように可愛くもないし柔らかくもないしガサツで横暴だ。そんなイメージしかないのに。
何故か彼にはそう思えなかった。
むしろ、あの黄色をいつまでも眺めていたいようなそんな気分にさせられて、私は戸惑うばかりだった。
あれ以来彼は笠松から言われたのか学校の体育館に遅くまで残ることはなくなった。
ほっとする反面、知ってしまった秘密を失ったようで、何故か勿体ない気がした。
それから何度か彼を見かけることあったけど、沢山の女の子に囲まれていたり、バスケ部の男子達に混じっていたりで、私は遠くから彼をぼんやり眺めるだけだった。


笠松に今度の予算会議の資料を渡しに来たはいい。それはいいのだが、何故笠松の机の前に黄瀬が座っていて、しかも親しげにずっと喋っているのだろうか。
お陰で私は教室のドアからちらりと中を覗いては引っ込んで、中に入っていいものか教室前で立ち往生しているわけだが。
彼はすっかり笠松に懐いたらしく、笠松からウザったくて仕方ないという話を聞いてはいたが……。
「なんだか、尻尾が見える気がする……」
彼はファンに囲まれているときですら見たことないような笑顔で笠松に話しかけていて、笠松はそれをやや聞き流している感じだ。
その様子を遠巻きからクラスメイトの女子達がきゃっきゃと声を上げて見つめている。
(羨ましい)
そう思って、はっとした。
私、何が羨ましいんだろう、誰が羨ましい?
大好きな女の子達に囲まれている黄瀬が?それとも、
「おい森山、なんでそんなところ突っ立ってるんだよ」
こちらに気付いた笠松の声で、我に返る。
「あ……いや、お取込み中かなと」
はは、と笑いながら笠松のほうへ寄る。あの黄色いが瞳がじぃっとこちらを見ているのが分かったが、なるべく目を合わせないようにして笠松へ資料を渡す。
「これ、予算会議の」
「ああ、わざわざ悪ぃな」
「ねぇセンパイ、この人誰ッスか?」
彼はどうやら思ったことが素直に口に出るタイプらしい。
心の中で勘弁してくれと叫んだが、彼の視線は逸らされることなくこちらに一直線だ。
「ああ、こいつは女バスの部長。森山っつーんだ」
「あー……森山だ、宜しくな」
仕方なしに右手を差し出すと彼はにこりと人当りの良い笑顔で手を握り返してくれた。
「黄瀬涼太ッス!よろしくッス」
知ってる。とも言えずにはは、強張った笑顔で笑い返す。
前はあんなに見ていたいと思えた姿をいざ目の前にすると、どうしていいか分からなくなってしまう。
こっちが一方的に知っていた恥ずかしさもあるし、何より教室中の女の子の目線が痛くて私は居心地の悪さを感じていた。
「でも驚いたッス、笠松センパイ女子苦手なのに普通に話してんスもん」
成程、彼が気になっていたのはそこか。
若干女の子達の目線が緩やかになった気がしてほっと息を吐く。
「ああ、それはこいつが私のことを女として見てないからだよ」
「だってお前女の子可愛いだのギャーギャーうるせぇし、女子っぽいところねぇじゃん」
「笠松ー?お前誰のお陰で女バスと男バスの連絡事項上手くいってると思ってんの?」
流石に遠慮のない笠松の言葉にそう言い返すと、黄瀬がぽかんとした顔をこちらを見た。
「そうッスよ、こんなに美人なのに」
一瞬、この世の時が止まったかと思った。
いや実際に止まった、少なくともこの教室の中は。
「……はい?」
「いや普通に森山さん美人ッスよね!部長ってことはバスケもうまいんでしょ?良いッスね美人でバスケもうまいって!」
「お前さぁ……それ自分のこと言ってんのか?」
「やだなぁ笠松センパイ!俺は美人じゃなくて恰好良いッスよ!」
「あっそぉ……」
すっかりいつもの調子で話し出す二人を前に私は今だ止まった時から動き出せずにいる。
黄瀬にとってはただの社交辞令かもしれないけど、私にとっては大事件だ。
(ど、しよ……顔、熱い)
また厳しくなった女の子達の視線を背中に受けながら、頼むから今は私の顔を見ないでくれよと祈るような気持ちで黄瀬を見つめた。
そのきらきら光る黄色を、見つめていた。



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