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2014/03/15



フォロワーさんに捧げたもの。




箱根学園の部室練の奥、教員駐車場の横には使い古されたうさぎ小屋がある。
ささくれた木の板で囲った箱庭に藁を敷いただけのお粗末なその小屋は何年か前までうさぎが何匹か飼われていたようだけど、飼育係の子が少し目を離した隙に脱走してしまってから使われていないようだった。
そこについ最近子うさぎが一匹紛れ込んでるのに気付いたのは教室の喧騒から逃れゆっくりとお弁当を食べるのに、そのうさぎ小屋の近くにある木の根元がぴったしだったからだ。
最初は普段なら物音ひとつしない小屋の萎びれた藁がカサカサと動いてビックリしたけど、ひょっこりと顔を出したその子に一瞬で心は溶かされてしまった。
以来、お昼ご飯の食べた後少し様子を見に行くことが多くなった。
もっとも古かったはずの藁が新しいものになっていたり、餌入れや毛並みが整えられた跡なんかを見れば、既に誰かがこの子を見つけて世話をしてることは一目瞭然だったんだけど。
けれどその飼い主?もそんなに頻繁に顔は出せないらしく、子うさぎが寂しそうに鼻を鳴らしてる日はついつい面倒を見てしまっていた。

「あれ?今日はご飯まだなの?」
何時ものように昼休みにうさぎ小屋を訪れると、心なしか元気のない子うさぎが迎えてくれた。
餌入れを見れば中身は空っぽで、いつもならこの時間には既に誰かが餌を入れていて、もりもりと元気よく餌入れに顔を突っ込む子うさぎがいるはずだったんだけど。
「今日は来れなかったのかな……」
子うさぎを抱えると耳を垂らして大人しく私の腕の中で丸くなった。
何かあげたいけど、今は食べ物を持っていないし、買いに行ってたら授業に遅れてしまう。
「うーん……いっそ授業をサボるか」
放って置いて行けるほど非情にはなれなくて、先生に怒られるの覚悟で飛び出そうかと決めて、スカートについた砂利を払って立ち上がる。
「あれ?」
その瞬間、聴き慣れない低い声が後ろから降りかかってきた。
子うさぎを抱いたまま振り返ると、ふわふわと風に揺れる赤茶色の髪が目に飛び込んでくる。ガサリ、彼の手にぶら下がっているビニール袋も、同じように揺れた。
「ウサ吉、」
何か細長い食べ物を咥えながらそう発した声はさっきと同じように慣れない響きを持っていたけど、私はこの人を知っていた。
「新開くん」
いつも彼の周りの子たちが呼んでる名前を舌に乗せたら、何だか甘ったるくて仕方なかった。
新開はその大きな目をぱちりと瞬かせて驚いていたようだけど、すぐにふっといつもの余裕そうな笑みを浮かべてそっかと呟いた。
「水が知らない間に替えられてたり、ウサ吉の爪が綺麗に切られていのたのはおめさんのお陰だったのか」
「ウサ吉って、この子?」
「そう、俺が勝手に付けたんだけどな」
新開くんはそう言ってこちらに歩いてくると、少し角ばってゴツゴツした、男の子の手のひらで私の頼りない腕に抱かれているウサ吉の頭を撫でた。
「今日は部活のミーティングがあって少し遅れちまったんだ。悪いなウサ吉」
その声は普段彼の周りを囲んでいる女の子たちにかける言葉よりもずっと優しくて、でもどこか儚くて、部活でロードバイクに跨っている彼と は全然別の人みたいで、私は見てはいけないものを見た気になって慌てて目を逸らした。
「おめさんもありがとな、ウサ吉の面倒見てくれてたんだろ?」
「あ、いや別に……」
気まぐれで小屋の覗いただけの私がお礼を言われることはない。
好きでやっていたことだし。
そう言おうとしたけど、どうしてかこの人を前にするとうまく言葉が出ない。
なんとか首を動かして頷くと、彼は唇を三日月に描いたまま、ウサ吉に乗せていた手のひらを持ち上げて、私の髪にその指を滑らせた。
「……っ!」
「俺さ、部活の関係であんま顔出せない日もあるんだ。だから、そんときゃウサ吉のこと頼んでもいいか?」
子供みたいに、撫でられたそのがひどく熱くて、呼吸が止まりそうだ。
新開くんはそういつものさらりと流れるような爽やかさで魔法のような、呪いのような言葉を吐く。
それにかかった私はもう何も言えなくなっていて、ただもう一度だけ、首を縦に振った。



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