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2014/03/15



フォロワーさんのお誕生日に捧げたもの。




今日もパンク寸前にぎゅうぎゅうに膨らんだ電車が辛うじて私を乗せてその身を走らせる。
隣の人とほっぺたがくっ付いてしまうんじゃないかってくらいキツキツなその箱にどうにか身体を収めて、カバンを胸に抱き寄せる。
ほう、とようやく一息をついて私は扉の窓から見える景色を人混みの隙間から眺めていた。
ちょっと早起きをすれば少なくともこんな苦しい思いはしなくて済むのだけど、如何せん堕落した高校生活を送る私には睡眠に勝るものなどない。
いつものように時間ギリギリに起床し慌てて寝癖を押さえつけながら家を飛び出したこの女子力の無さよ。
はぁ、と思わず出たため息を拾うものは何もなく、人混みの中に溶けていく。
(けど何だろう……今日はいつにも増して嫌な感じがするな……)
ぼんやりとそう考えていたとき、電車がカーブに差し掛かりガタンッと大きくその身を揺らした。
私の身体も逆らえずにぐらりと傾く。と、同時に胸につっかえるような苦しさを感じる。
なんだかお腹の中がぐるぐると渦巻いてるようで、思わずカバンを抱える腕が強張る。
(あ、どうしよう……気持ち悪い、かも)
普段酔うことなんてないのに、もしかしたら風邪でも引いたのかも。
それにしたって今の今まで気づかないとは我ながら鈍すぎる。
自覚するや否や身体がずんと重たくなり、頭も痛いような気がする。
今すぐにでも座りこんでしまいたい。
嗚呼、こんなことなら気づきたくなった。
どうしよう、どうしよう、気持ち悪い。
こみ上げる吐き気に口元を震える手で抑える。
(なんとか、次の駅までは持ちこたえなくちゃ……)
揺れる身体を必死で立たせながらあと少し、あと少しで駅だと自分を奮い立たせる。
じっと耐えている間、ほんの少しの時間だったはずなのに異様に長く感じた。
だから電車が駅に滑り混んだ瞬間、ほっと安心して力が少し、抜けてしまった。
扉が開き出て行く人々に押され私は踏ん張れる力もなくあっ、と思った瞬間には身体は前に傾いていた。
咄嗟に目を瞑るくらいしか私に出来ることはない。
ぎゅう、とまた強くカバンを抱き締めた。
……が、私に襲ってきた衝撃は倒れる感覚ではなく、横に引き寄せられるものだった。
え、と思いぱちりと瞼を開くとすぐ近くに男の子の横顔があった。
思わず驚いて息を詰めた、男の子とこんなに接近するなんて人生で初めてだ。
呆然としてる私に「おい、」と小さな声が聞こえた。
「大丈夫か?」
男の子が顔を背けたまま私に話しかける。
大丈夫です、ありがとうございます。
そう言いたいのに私の唇は動かない。
余りの驚きに忘れていたが私はまだ気持ち悪いままでいた。
息苦しい胸を抑えるのと、今だに震える足を支えるのに精一杯だ。
何も言わない私を不思議に思ったのか彼かちらりと私を見やった。
途端、険しい顔をして閉まろうとしている扉へと「すみません、降ります」と声を上げながら飛び出し私を連れて駅へと降りた。
彼はされるがままになってる私をホームのベンチに座らせると駆け足でその場を離れた。
そうだ、彼にも学校があるのに。
助けてもらった上に変に時間を取らせてしまった。
大丈夫かな、あの人遅刻しないかな。
遅刻しないといいな。
お礼、言いたかったな。
もう電車の中じゃないのに、クラクラと揺れる視界を眺めてながらそう考えていると、突然目の前に何かが飛び込んできた。
よく見るとそれはペットボトルで、それを掴んでいる少し太い指を上に辿って行くと、さっきの彼がさっきと同じ険しい顔をしたまま立っていた。
ほら、と彼はペットボトルを振って私に受け取るように示唆する。
両手で受け取ると彼は隣りにドサリと腰掛けた。
彼を見つめていた首を前に戻すと、ラベルが目に入った。スポーツ飲料だ。
キャップを開けてゆっくりと一口、飲んだ。
喉を流れていく清々しい味に漸く忙しなかった心が落ち着いた気がする。
足の震えも治まって、私は長く息を吐いた。
「……喋れそうか?」
気遣うようなぎ声にハッとなる。
そうだ、私はまだこの人に何も言えてない。
「あ、あの、気持ち悪くなってしまって、その、ありがとうございました」
「落ち着けよ、すげー顔悪かったから驚いちまったけどさ。少しは楽になったか?」
「はい、すみません本当……」
「いいよ、今日は朝練ないし」
「あ!学校!大丈夫ですか!?」
「今から行っても遅刻だろ」
「……すみません」
「もう謝んなよ」
「はい……」
申し訳なくて俯く私を見て彼はあー……と呟きながら頭を掻く。
どうしよう、困らせてる。
先ほどとは違う意味で言葉を発せないでいると、ふと彼の足元にスポーツバッグが置いてあるのに気付いた。
エナメル質のツルツルしたそれはチャックが少し空いていて、中から青色のジャージが顔を覗かせていた。
その色は見覚えのあるもので、思わず口から高校名が飛び出た。
「海常高校……」
「え?ああ、そうだけど」
「バスケ部の方ですか?」
「ああ」
「わぁ、私一度試合を観に行ったこどあります」
「……お前バスケやるのか?」
「あ、いえ。私はやらないんですけど観るのが好きで……東京の試合とかも、よく行きます」
「へえ」
海常は神奈川の中でも屈指の強豪校だし、チームワークがすごく良いから見ていて楽しいっていうか……プレーは最近入った7番の人が目立ちますけど、それをサポートする周りのプレーが安定してて、キャプテンの人が全体をよく見て支えて……」
つい興奮して一人でべらべらと喋りまくり、そこであれ?と気付く。
隣りでなんともいえない、恥ずかしそうな顔をしているこの人を、私は知っているような気がする。
そうだ、月バスにあった写真だ。
海常高校の主将、優れた才能を持つPGとして特集を組まれていた。
名前は――。
「かっ、笠松、幸男……さん?」
「……そうだけど?」
照れ臭そうに彼は顔を背ける。
私はカッと頬が熱くなるのを感じた。
「す、すみません!!こんな素人が、あの!」
「いや別に……褒められて悪い気はしぇよ」
海常高校の主将に会えた嬉しさとそんな人に迷惑をかけてしまった罪悪感で私の頭の中はぐちゃぐちゃで、思わず手の中のペットボトルを強く握った。
べゴッという間抜けな音がホームへと転がる。
「お前それ飲んだらもう帰れよ、一人で大丈夫か?」
「は、はい」
「よし、じゃあ俺行くけど無理すんなよ」
「あ!!ま、待ってくださ、お礼……後お金っ、も、」
ペットボトルのお金を払おうとカバンから財布を取り出して立ち上がろうとしたけど、フラついてそのままべしゃりと地面に尻もちをつく。
拍子にカバンの中身も散らばってしまい、身体中を恥ずかしいと感情が埋め尽くした。
「ったく、だから無理すんなって……」
笠松さんはため息をつきながらこちらに来て私の手を引いて立たせてくれた。
また迷惑をかけてしまったという気持ちで一杯になり、スカートを握りしめた。
「ごめんなさい……」
顔を見ることが出来なくて俯く。
くしゃくしゃになってしまうだろうけど、今の私にはお似合いだ。みっともない。
「謝んなって言っただろ」
呆れたような声に顔を上げると笠松さんがカバンの中身を拾ってくれていた。
お気に入りのポーチや教科書、筆箱、ひとつひとつ彼によって元通りに収められていく。
「少しベンチで休んで、辛かったら親に連絡しろよ」
そう言いながらカバンを手渡してくれるその優しさに弱った心がじんと痛む。
「あの……」
「金はいいから、それじゃ」
そう言うと笠松さんはちょうどホームに入ってきた電車に乗り込む。
まだ何も、何も彼に返せていないのに、お礼すらできてないのに。
でも行かないでなんて、私が言える言葉じゃない。
突っ立ったままの私に出口のすぐ側に寄りかかった笠松さんは少しだけ、笑った。
「そんな顔すんなよ」
「へ……」
「来週の日曜」
「え?」
「うちの高校の試合、良かったら観に来いよ」
プシュー、と扉が閉まる。
笠松さんを乗せた電車はガタンゴトンと、さっきよりもうんと少ない人数を詰めて走り去って行く。
暫く呆けていた私はそれからやっと重い足を引きずってベンチに座り込むと、熱いままの頬に手を当てた。
「……風邪かな」
爪先まで届きそうな鼓動の音も、首筋まで火照った肌も、ぼんやりとした思考の中を埋め尽くす彼の声も無視して、私はそう呟いた。
けど次の日曜日、きっと私は海常高校に行くだろう。
もしそこで彼とまた話せたら、その時は認めよう。
それまではまだ気付かない振りをしていたい。
だって、たったこの一瞬で奪われてしまうだなんて、王子様みたいなこと。
私には刺激が強すぎて壊れてしまいそうだから。
身体を縮こまらせて、私はただ、彼の声を繰り返し思い出していた。

恋までのカウントダウン
(おはよう笠松、どうした?顔が赤いぞ)
(……初めて女子とまともに会話した)
(何ぃ?!)



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