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2014/03/15



フォロワーさんのお誕生日に捧げたダンガンロンパの山セレです。




「山田君にお願いがありますの」
セレスはそう言って組んだ指の上に顎を乗せて、ルージュを引いた唇で綺麗に弧を描いてみせた。
「ははぁ、なんでございましょうか……」
嫌な予感しかしない、むしろそれ以外に何があるのだろうか。
けれども彼女に逆らう術を持たない山田は溜息を吐くようにひっそりと伺う。
「簡単なお願いですのよ、とてもシンプルな」
ふふっと零れる声色は上機嫌をそのままに、優雅に山田を捕える。
ぎくり、と強張る顔をどうにか動かして山田もぎこちない笑みを浮かべると、セレスは目を細めてお願いを口にした。
「わたくしのお部屋の掃除を、手伝って欲しいのです」

一歩踏み入れた瞬間、絶句した。
いかにオタクだろうと三次元に興味がなかろうと山田とて男だ。
女子の部屋に上がり込むなんて多少舞い上がっても仕方ない。
(キ、キターーーーーーーー!!いや落着けCOOLになれ山田一二三あくまでセレス殿の部屋を掃除するためにお邪魔するのであって決してやましい気持ちなど微塵もないいや微塵もいったら嘘になりますが)
暴れる思考を必死に押さえつけていざ行かんと部屋に飛び込めば、待っていたのは惨状であった。
床一面にばら撒かれたフリル、フリル、フリル。
普段彼女が身に纏うとあんなにも上品に居座っているその衣装たちも、こう投げ捨てられていてはただの布切れにしか見えない。
それが山のように彼らの目の前に鎮座していた。
よく見ると山のその上にはどこから拾ってきたのであろう本やぬいぐるみが寝そべっている。
ヘッドドレスやマスカラ、ルージュなどもメイク道具も見える。
部屋中のものが一体となっているのであろうそれはまるでクリスマスツリーのような……と山田が現実逃避しかける中、セレスは平然をその中を掻き分けてベッドへたどり着くと、そこに腰かけて先程と同じように微笑んでみせた。
「さあ、山田君。お願いしますわ」
「イヤイヤイヤイヤ!!!!一体この荒れ狂う大地は何ですかぁ!?酷いってレベルじゃないですぞセレス殿!!!!!」
「あら、だからこそ山田君に頼んだのではありませんか」
「あの〜〜僕も一応女の子の部屋に理想を抱いていたわけなんですがぁ……見事に打ち砕かれましたよ……」
「早々に打ち砕かれて良かったですわね。女子に夢なんて抱いても、儚いだけですわよ」
さも良いことをしてあげたとでも言うように上機嫌に足を組み替えるセレスを見て山田は脱力する。
今日はきっとこの部屋を片付けるまで、自由はないのだろう。
山田はかっくりと肩を落とした。一人で片づけられる量ではない。
「これは流石に日が暮れますぞ……」
「構いませんわ。この部屋が片付くのならいくらでも居てください」
「セ、セレス殿ぉ〜〜」
せめて、少しでいいから手伝って欲しい。いやこうなったら他の人を呼んで救援を。
悲願の思いでセレスを見つめる山田を見てセレスは少し瞳を揺らつかせ思案した後、そうですねぇと溢した。
「ならご褒美を差し上げましょう」
セレスは山田の目の前にピンと人差し指を立てた。
「山田君が夜時間までにこのお部屋を隅から隅まで綺麗にしてくださったら、何でも言うことを聞いて差し上げますわ。ただし、今日一日限定で」
ポカンと口を開けた山田を見て、彼女はフフ、と吐息を漏らした。

普段身体を動かさないせいか、ぜいぜいと息が上がる。
思わず座り込んでしまいそうになる足を必死に動かして、山田は雑巾をかける。
セレスはどこから引っ張り出してきたカップにロイヤルミルクティを注ぎながらぼんやりとそれを眺めている。
「ふ……ぬ……ぐおおおおお!!」
「あらあら山田君、限界ですか?」
「な、んのこれしき!!この山田一二三、一度決めた約束は絶対に果たす男ですぞぉおおお!!」
「なら無駄口叩かずにせいぜい頑張るといいですわ」
山田はぐううと苦しそうに呻いた。
セレスは分かっててあの提案をしたのだろう。
この体格で運動不足の山田なら今日一日では片付かないだろうと。
それに気づいた時には山田はかなり疲弊していた。
先程のツリーを上から一個ずつ物をどかしていき小物などはテーブルの上に乗せ服は一旦ベッドへ避けておき、床に除機をかけ、今やっと雑巾がけが終わったところだ。
これから服を整理して仕舞い、小物なども分けなければいけない。ベッドも整えなければ。
前途多難な道のりに思わずこのまま逃げ出したくなる。が、山田はぐっと弱音を飲み込む。
(負けませぬ……負けませんぞセレス殿!!この激戦に勝利し、必ずやご褒美を手に入れてみせましょう!!!)
山田は気力を振り絞りフリルの大群へと向かっていった。

「お、お、終わったぞ〜〜〜〜〜い!!!!!」
言うやいなや山田はそのまま後ろにドサリと倒れ込んだ。
完璧だ、ひとつの塵も残らず駆逐してやった。
あの地獄の閉鎖空間をホテル並みにピカピカに磨いてやった。
見ちがえた部屋を見渡して、山田は疲労と達成感が入り混じった息を吐いた。
掃除というものがこんなに大変で、しかしスッキリするものだとは知らなかった。良いことを学んだと山田が悦に浸っているとふと目の前が暗くなる、セレスが山田の顔を覗きこんでいた。
「お疲れ様ですわ、山田君」
「いや〜本当にお疲れですぞ。あのフリルツリーを倒すのに苦戦しましたが……辛くも勝利!!また経験値が上がってしまいますなぁ〜」
満足気に語る山田にセレスは無言で彼の腹を足先で突き、起き上がるよう促す。
「ん?どうしましたかな?」
山田はむくりとその丸い身体を転がして起き上がると、俯いたままのセレスを心配そうに見つめる。
「セレス殿??お腹でも痛いのでありますか?」
「……いらないのですか」
「はひ?」
「ご褒美、いらないのですか」
セレスは睫毛を俯かせたまま、ちらりとその紅い瞳でこちらを見遣った。
ごくり、思わず喉が鳴る。
時間は21時30分。ぎりぎり、滑り込んだ。
「本当に、くれるのですか?」
「ギャンブラーに二言はありませんわ」
にこり、またセレスが微笑む。
山田は震える手で彼女のか細い手首を掴むと、くいっと引き寄せた。
いきなりのことに驚いたセレスがもつれるように山田の胸元へ収まる。
頬にあたる柔らかい感触にセレスは目を見開いた。
「や、山田く」
「いや〜〜〜気持ちが良いですな〜〜〜〜!!」
再び驚いたセレスが顔を上げると満面の笑みの山田が……セレスの綺麗に巻かれた髪に触れていた。
「一度でいいから触って見たかったんですなこれ!!いやはや見事なツインドリル!」
するすると髪を撫でつけられてセレスはどうすることも出来ずに固まったままだ。
「しかし綺麗な髪ですな〜〜何か秘訣でもあるのですか?ん?セレス殿?」
漸くセレスが黙り込んでいることに気付いた山田は今の現状を見てはっとする。
小さな女子を自分の胸へ手繰り寄せ、髪を撫でている。しかも片方の手首は未だ捕えたままだ。
彼女はじっと、耐えるように動かない。
「ブ、ブヒャアアアア!!!!!!!」
山田は奇声と共に飛び退くとセレスの前に瞬時に土下座する。
「すすすすっすすすみませんセレス殿の美しい髪に見惚れついどこぞの少女漫画のような無体を!!」
ひええとすっかり怯えた豚のようになってしまった山田に、セレスは小さく呟く。
「……構いませんわ」
「好きにしていいと言ったのは、わたくしのほうですから」
けれど、とセレスは震える声を溢し、ぐっと唇を噛む。
「けれど、わたくし、もっと、すごいこと、されるのかと……」
セレスはついに立っていられなくなり、へなへなとその場へ座り込んだ。
赤く熟した頬を爪を黒く染めた真っ白な手で覆う。
山田は慌てて駆け寄るとその背中を撫でた。
「本当に、本当にすみませんセレス殿……けど僕は決して貴女に危害を加えたりしませぬ。それだけは信じていただけないですかな?」
セレスは黙ったままこくりと首を縦に振った。
その様子に安堵した山田はでもいけませんぞと忠告する。
「安易にご褒美をあげるなんて言われたらこの山田はともかく大抵の男は勘違いするものでしょう。これからはそう言った言葉を口にしないように」
フン、と鼻を鳴らして山田がそう言えば、セレスはいつの間にか手を避けて、じっと恨めしそうに山田を見ていた。
「何も分かっていないのですね、この腐れラード」
「ぶひっ!?なんですかセレス殿いきなり!」
「まあ、いいですわ、これくらいで腰を抜かすようじゃわたくしもまだまだですし……少し、安心してしまいました」
「ん?今何と?」
「何でもありませんわ」
セレスは一息つくと立ち上がり、もう帰ってよろしいですわよと山田に告げる。
「そうですな。あ、ところでセレス殿、片づけていて思ったのですがこの部屋最初のインパクトはともかく、意外と汚れてはいませんでしたぞ??セレス殿一人でも大丈夫だったかもしれませんぞ」
服や整頓して仕舞えばいいだけだし、それ以外で目立ったところは実はなかった。ベッドもシャワールームも比較的綺麗で、無造作に置かれていた小物たちは、埃を被っていなかった。
まるで短時間でクローゼットから服を投げ捨て、小物をばら撒き、その場に山積みにしただけのような感じすらした。
だがしかしそんなことをしてもまったく意味がない。ただそこだけ片づけるのが面倒だったのだろうか、山田は首を傾げた。
「そう、ですか……気づきませんでしたわ」
「さいですか!」
まあ過ぎたことだと山田は流したが、またひとつだけ、疑問が浮き上がった。
「しかしセレス殿、どうしてご褒美などと提案されたのですかな?」
純粋に尋ねる山田に、セレスは燻る気持ちをそのままに顔を逸らして答えた。
「ただの、気まぐれですわ」

お片付け行進曲



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