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2014/03/15



マギの紅明←紅覇←ジュダル。




日向の光が眼に眩しい。それから、ちらちらと舞う桃色も。

中庭に生えた桜の樹の根は少しうたた寝するには丁度良い枕だ。
眼を閉じても入り込んでくる陽射しは煩わしかったが、暖かな空気に身を晒して柔らかな草の絨毯で眠るのが気に入っていた。
今日も春の陽気に誘われ、睡魔に身を任せようとフラフラと中庭に赴いて横になったまでは良かったが、いつもは瞼を突き抜けてくるほどの陽射しをまったく感じず、おかしいと思い目を開けば赤紫が目に飛び込んできた。
「おわっ!?」
「やっほージュダルくん」
陽気な声が脳に響いて、微睡んだ視界の中でぼやけた輪郭がはっきりと浮き上がる。
「紅覇……何だよ」
「中庭にいるのが見えたから来ちゃった!こんなとこで何してるの?」
不思議そうに丸い瞳で俺の顔を覗いている紅覇の艶やかな髪が頬に降りかかる。
「……見てわかんだろ、昼寝だ」
「昼寝?そんなところで寝たら髪ボサボサになるよ?」
「いいんだよ別に」
「えー、ジュダルくん自慢の髪なんでしょ?じゃあ綺麗にしなくちゃ駄目じゃん!」
紅覇は寝直そうとしてる俺の腕を掴んで起き上がらせると、すぐ横に腰を降ろして既に絡まってしまった俺の髪を解いて手ぐしで梳かし始めた。
「おい、」
「ほらぁ、こんなところで寝るから桜の花びらがくっ付いちゃってるよぉ」
そう言うと紅覇は真剣な目つきで桜の花びらを取るのに夢中になってしまい、なんだか抵抗するのも面倒になってそのまま好きさせたまま胡座をかく。
彼の手が髪に触れる感覚は、不思議と悪くはなかった。
「あーもーこれ結構張り付いて面倒なんだけど!」
「知らねえよ勝手にテメェがやったことだろうが」
「うーん、でもジュダルくん黒髪だから、桜が映えるんだよねぇ」
ほら、と黒髪に浮く桃色を見せられるも、何が良いのか分からず首を傾げる。
「綺麗なだなぁ……」
紅覇はため息をつくようにそう漏らした。
「ジュダルくんって綺麗だから僕好きだよう」
「あっそ」
正直黒髪の隙間を流れるその手の白さのほうがよほど美しいと思ったが、口には出さずに彼を眺める。
ふと、ふんふんと鼻歌を口遊む唇が、その幼い声とは対照的に唇は赤く色付いていたのに気付いた。
「お前、口紅つけてるのか?」
「え?」
髪に注がれていた視線がパッとジュダルの顔に向けられる。
やはり、人口的な紅がそこに乗せられていた。
「ああ、これ?なんか純々たちが似合いますよってつけてくれたんだけど」
緩やかに弧を描いている唇にその白い指が触れて、掬うように撫でられる。
指先に、かすかに赤が移る。
「えいっ」
という声と共に彼の指先が、俺の口に触れていた。
すっと横に線を引くように指を押し付けられる。
「何、を」
「ジュダルくん、赤が似合わないね」
悪戯成功だ、と嬉しそうに微笑む彼の、掠れた赤がひどく艶かしい。
「ーーっ、」
眩暈が、する。
そう思ったときにはもう、紅覇を腕の中に捕らえてしまっていた。
「ジュダルくん?」
少しだけ戸惑いを含んだ彼の声が転がり落ちて、俺を染める。
紅色の取れた唇は薄い桜色をしていて、あどけない。
いっそ塞いでしまおうかと思いかけた瞬間、
「あっ!」
ビクッと紅覇の身体が跳ねて、その丸い瞳がまるで宝石のように輝いた。
途端、紅覇は俺の腕からするりと抜け出して、中庭に面した廊下へと一目散に走り出す。
その先を視線で追ってみればーー痛んだ髪を左右に揺らして歩く猫背を、見つけてしまった。
「明兄!」
ひどく甘ったるい声が飛んで行って、一気に俺は置いてけぼりだ。
嗚呼、そうだ。彼が目尻を蕩けさせて駆け寄っていく先はいつだって書斎に籠もってばかりの第二皇子だ。
珍しく部屋から出てきた兄を見つけて嬉しいのか、勢いをつけて小さな身体は兄の背中を目掛けて軽やかに跳ねる。
「明兄!」
細い身体は後ろからの衝撃にぐらりと傾いて周りの従者達が慌てて駆け寄ろうとするも、すぐに斜めった背中は元に戻り、そばかすのついた顔を後ろではしゃぐ弟に向けられる。
「こら紅覇、いきなり飛び付いては危ないですよ」
優しく、穏やかに響く紅明の声。
それが紅覇の鼓膜を震わせて、彼の耳を赤くさせる。
紅明はその場にしゃがみこんで丁寧に張り付いてる弟を降ろそうとするが、首に白い手がするりと絡まる。
「明兄は少しくらい体力つけたほうがいいよ、僕が重しになってあげる!」
そう言って紅覇は兄よりも少し薄い赤色の髪を靡かせからからと笑う。
「紅覇は軽いですからね、これでは鍛錬になりませんよ」
「えー?僕も一応男だし結構重いと思うけど?」
「小さい頃よく貴方を抱いてあやしていたんですよ」
「僕もう18歳だしぃ」
「それに、これから軍議があるのです。申し訳ないのですが降りてもらえませんか?」
兄にそこまで丁寧にお願いされたら紅覇も素直に聞くしかない。
紅覇は地面へ足を降ろし紅明の正面へと回り込む。
「おや、紅覇ちょっと」
しゃがんだままの紅明が紅覇の細い手首を掴み、引き寄せる。
素直に引かれる紅覇の唇を、長い指がつうっと撫でる。
「紅ですか?」
「う、うん。変だったかな?」
照れたようにおずおずと視線を寄こす紅覇に、兄は優しく微笑む。
「いいえ、似合ってましたよ。しかし掠れていたので拭ってしまいました、すみません」
「い、いいの!」
紅覇は兄に撫でられた唇にそっと触れて、いってらっしゃいとその幼い顔を赤く染めて微笑む。
紅明もそれに応えるようにいってきますと目を細めた。
紅覇は、兄のぐちゃぐちゃに一括りにされた髪が見えなくなるまで、その後姿を見つめることをやめなかった。

はらり、桜が落ちる。
手のひらに降ってきたそれをぐっと握り込んで、その手の甲で唇を拭った。
そのまま後ろへと倒れ込むと、今度はちゃんと陽射しが目に染み込んで来た。
「あー!だからそこで寝たら駄目だってばあ!」
漸く兄を見送り終えた紅覇がまた俺の顔を覗き込む。
はらり、彼の髪が頬に降りかかって、また陽射しを隠すけど。
「ジュダルくん?」
眩暈が、する。
「……眩しい」
木漏れ日が眼に痛くて、俺は瞼を閉じた。

春を汚して



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