落ち着いてなどいられなかった。「適当にくつろいでおいて」とはなんなんだ、出来るわけなどないことをさも簡単でしょう?という顔で言われても無理に決まっている。無理だ、無理。足早に鳴るこの心の臓を抑えられるわけがない。
「チナミくん?突っ立ってどうしたの?」
「……いま座る」
オレの様子など知らぬ顔でゆきがもどってきた。菓子はいらんといったのにその手には菓子や茶を乗せたお盆が。
「はい。お口に合うかわからないけど、よかったら」
「あ、あぁ。わざわざすまない」
「どういたしまして」
他愛ない話をする、たったそれだけのことのはずなのに挙動不審になる。だが防ぐためには目をつむるしか道がなかった。どこに焦点を合わせればよいのかわからない。ゆきを見るのも部屋を見るのも、いけないことに思えて仕方なかった。話している内容も耳に入ってこない。もしくは通り抜けていく。
時折ゆきが「大丈夫?」と聞いてくるんだ、オレがおかしいのはバレているはず。それなのにゆきが話をやめないのはオレに気を使っているのだろうか。何をやっているんだと思いながらもやはり緊張を消せず顔も見れない。何をしにきたというのだ、オレは。
ふと、会話が止まった。当たり前だ。片方がしゃべり続けていてももう片方が上の空で相槌しか返さなければ続くものも続かない。わかっているのに、オレが止めてしまった。
「チナミくん」
手を伸ばされる。反応を返す前にそれは頬に触れた。
「今日は難しい顔ばっかしてるね」
「……っ…」
何も言えない。
「知ってる?わたしも緊張、してるんだよ」
まさか。言おうとした刹那オレは言葉を失った。音など何も聞こえなかった。自分の鼓動ですら。ただ、彼女がやわらかな笑みを称えたまま手を広げたことだけ、目に焼き付いた。
「すごい、ドキドキしてるね、わたしたち」
120320