いつもの席に座る前に、続きを読もうと思っていた本を探す。昨日きちんと戻したしあの本を読む人は少ないだろうし、今日も同じ場所にあるはずだ。そう予想していたのにそれは見事外れてしまっていた。
…嘘。ない。え、本当、に?
本棚を二、三度確認してもその本だけすっぽりと抜かれていた。まさか読む人がいたなんて。いや、いるのは当たり前だ、でも。
しょうがないこと。頭ではわかっていても今日はあの本を読むつもりでいたためか、他に惹かれる本を探し出したのに中々見つけることはできなかった。


ようやく読みたいかもしれないと思えた本を見つけ、もはや私の指定席となっている場所へ向かった。

―――え?
それなのに本棚を抜けてその場所を見遣るとすでに人影が。空間全体を見渡しても人なんかほとんどいなくてどの席も空いている状態だというのに、ピンポイントでそこに座っている、しかも、よく見ると知った人物。
「日生、先輩?」
逆行で表情はあまり見えないがはっきりとわかった。彼が、いる。たまにこの図書館で会うこともあるが、それはたいてい"私が"本を読んでいる時。"彼が"ではない。だから少し不思議に思えた。
「…あぁ、お嬢やっと来たんだ」待ってたよと読んでいた本を閉じた。本当に珍しい。日生先輩が本を読んでいるなんて。しかも。よく見ると本の外装に見覚えがあった。見覚えどころではない。今まさに探していた本だ。「日生先輩だったのですね」驚きで思わず声に出していた。

「これのこと、かな。お嬢が読んでいたのを見たから気になって。あ、もしかしてお嬢読みたかったとか?」
「はい、先程探していました。けれど先輩が読むのなら他にも本はありますし大丈夫ですよ」
「あらら、それは悪いことをしちゃったね」


読みたかった本といつもの席。これは偶然なのだろうか。相手が日生先輩なだけにどちらともいえてわからなくなる。わざと、だろうか。
「お気になさらずに」
「本当にいいの?」
その瞳は見たことがあった。人を試している、瞳。
「……意地悪なさるのですね」
「意地悪?まさか。ただお嬢の気持ちが知りたかっただけだよ」
「ふふ。それでは意地悪でなく、ずるい、ですね」

椅子を一個挟んで隣の椅子に座った。視線を外すことはせず、見つめたまま。
数秒見つめ合った後、彼は突然笑い出す。そうだよ、僕はずるいんだ。響いた声はいつもの軽さ以上のものを持っていた。よく意味がわからないけれど。そんなことを聞くくらいなら、ずるいということを認めてくれたのなら、本を読ませて欲しかった。その気持ちが伝わったのか彼は目元を拭いながら本を差し出してきた。
「はい、どうぞ」
もう読んじゃったから。嘘みたいな言葉を添えて。

「先輩はもう結末を知ってしまったのですね」
「大丈夫、ネタバレはしない主義だよ?」
そういう問題じゃないことは気づいているんだろう、だから、笑っている。ずるいなんて言葉じゃ言い表せないですね。呟いた。
「怒らせちゃったかな?あらら、ごめんね。そんなつもりはなかったんだ」
「怒ってなんかいませんよ、ですから」
彼はほんとうに、怒らせるつもりだったのだろうか。こんなことで頭に血など上らないことを知っているはずだ。だってこんなのいつものことじゃないですか。



受け取った本を開く。もう行ってしまうのかと思ったのにまだひとつ向こうの、隣に座っていた。もし私が読み終わるまでここにいてくれるのなら話がしたいと思った。この本について。語れるのならば逆に嬉しいことだといってみようか。
「楽しい?お嬢」
日生先輩なら、知っていそうだけど。

120330
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