近くでパシャッと音がする。水溜まりを弾く音。降り続けている雨音の中、たしかに聞こえたそれは迎えが来たことを知らせる。誰も頼んでなんかいなかった。ひどいかもしれないが本心で余計なお世話を焼かれてしまったと思っている。迎えなんか来たらここに来た意味がなくなってしまうのだ。
立てた膝に乗っけていた顔をうずめた。それだけでは足りないからと腕で光を遮断。隠れてしまいたかった。迎えからも光からも音からも、そう、全部から。



些細なことはよく心に絡みつく。いや、違う、自分で絡ませてしまう。自覚はあるものの冷静になって解くことも出来ず、ただただこんがらがせるだけ。今回もそうだ。思い出せないくらいの些細な言葉で頭に血が上り、もういやだ、そう思った時には家を飛び出していた。思えば私は何に対して憤りを感じたのだろう。怒りを覚えた内容は忘れてしまったけど、確実に心は叩かれたのだ。それは、今も余韻が残って指先を震えさせる。こんな姿誰にも見せられないとこぶしをつくり思う。私なんか気づかずに通り過ぎてくれたらいい。


「やっぱり、いた」
だけど、幼なじみで私の行動パターンを知り尽くしている理一郎が見つけないわけなかった。
「雨の中こんなところで何やってるんだよ」
傘を持ったまま前屈みになって視線を合わせようとしてくる。まるでこどもを相手にしているような接し方。うるさいうるさい、わかっているわ。どうせ、お父様やお母様、みんなお前のせいで心配してる。みんな大変なんだから迷惑かけるなというんでしょ。うんざりよ。この行動に意味はないって迷惑をかけてるだけだって、私が一番わかってる。

公園の遊具の中、上手く隠れていたはずだった私と私を見下ろす理一郎。理一郎の差す傘から滴る雫が靴を濡らしているのだろう。じわじわと。染み込む水が冷たい。

「だんまりかよ」
鋭い言葉が降ってくる。
「雨もお構いなしに家を出て、傘も持たずに、何がしたいわけ。風邪でも引いて困らせたいのか?」
こぶしに力を込めた。理一郎の言葉はもっともすぎていわないのでなくいえなくなる。わかってるなら聞かないで、私だってわかっているわ。小さく呟いた声は雨音に消されて理一郎の耳に届くことはなかった。絶え間無く鳴る音が響くだけ。私の音は響かない。

「お前が何に悔しさを覚えたかなんて知らない。でも、ここに居続けても何にもならないことは俺だってわかる。風邪、引きたくないだろ」
首を振った。
「……俺が、困るんだ。だから帰ろう」
自分を抱いていた腕を引かれる。出てこい。立て。そういわれているかのように、強く。
傘から滴っていた水よりも多くの雨が、遊具と傘の間を通り私を濡らす。さっきとは違い、次々と服を濡らしていくから、風邪を引いたならそれは理一郎のせいになるのではないか、と思ってしまった。
「撫子」
引かれた強さに抗うことも出来ず意志とは関係なしに立ち上がる。遊具に体をぶつけなかったのが不思議なくらいすんなりと。
「困れば、いいのよ、理一郎なんか。お父様もお母様も、みんな」

「お前、馬鹿だよ。馬鹿で、馬鹿すぎて、どうしようもない」
喋らないと頑なになるのも疲れて独り言のように呟いた、その返しがそれ、なのね。
抵抗するのも反論するのも出来ない気がしてまた口を閉ざす。何もいわない私の手は掴まれたまま。帰るぞ。一言だけ伝えた後、理一郎は黙って歩き出した。雨は止みそうにないから、静寂が訪れないことだけがせめてもの救いかもしれない。



お互い無言のまま、手を引かれて家路についていると、ふと違和感が生まれた。雨は相変わらずざぁざぁと降っている。私は理一郎に手を取られ歩いている。それなのに、私は雨を直接受けてはいなかった。時折吹き付ける風によって入ってくる滴くらいしか体を濡らさない。それは、おかしい。まさか。浮かんでしまったことを確認するために歩みをはやめれば、浮かんだ通りの光景がそこにあった。


「りいちろう、ごめんなさい」


また雨は私の音を隠すのだろう。
隠れたかった。だけどこんなのは違う。やっぱり私は迷惑しかかけていない。一回風邪でも引いて頭を冷やしたほうがいいんじゃないかしら。熱が出れば、熱が下がったと同時に冷静になれる気がする。なんて、それこそ迷惑ね。どうすればいいんだろう。これじゃあ何をしても一緒だ。大人しくついていってもそれすら庇われていたなんて。
ごめんなさい。
届かないから何度も謝る。いえば罪悪感が薄まるとか忘れられるとか、そういうのではなく。何も出来ない気がした。それ以外に。


「…考えなくていいんだ。お前は馬鹿なんだから、考えたって意味ない。頭の中ごちゃごちゃの状態で何をいってもそれはお前のいいたいことの半分も伝わってないんだろ」
「そんなこと、ないわ。わかったような口ぶりで決めつけないで」
「ばーか。幼なじみだからわかっちゃうんだよ。いわば不可抗力」
聞こえていた。届くはずないと思っていたのに。

「だから、謝らなくて、いい」


歩みも遅くなり手を握る力が、優しくなった気がした。その優しさに甘え、いわれた通りに私はもう何もいわなくていいかなと思う。お前は馬鹿だから。幼なじみだから。その言葉で片付けてくれているのならきっといわなくても伝わっているはず。

さっきまで前と後ろに別れていた肩が並ぶ。そっと繋がれていない手で傘を支えた。手を繋ぎ二人で同じ傘を持つなんておかしな姿に見えるだろうけど。少しでも理一郎が濡れなければいい。代わりに私が濡れてしまったとしても。
雨を冷たいと感じることは、もう、ないわ。

120225
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