人差し指、中指、人差し指。

自分の指を人の足に見立てて彼女に触れるため腕を伸ばしていく。一歩二歩三歩、近づいて。机を挟んだ向かいの椅子に座る彼女は机に突っ伏せているから、その肌に触れるのを許されているのは手の甲か。

中指、人差し指、中指、人差し指。

一歩二歩三歩四歩、そこで私は目的地へとたどり着く。さて、どうしたものか、あと一歩で触れられる。なのに歩みは止まってしまった。それもそうだ、許されているというのも勝手に私が思っているだけであって本当に触れていいものなのか、そんなのは実際さっぱりわからないのだ。確かめるのは簡単なことだが彼女は夢の中、起こして問う勇気もありはしなかった。一息つき、浮かしていた腰を椅子に戻し指を引きずり後退させる。実は、これで三回目。静かにするつもりはないため、幾度も、古いこの椅子の「ギィ」というが音が鳴り響く。いい加減目覚めてもいい頃ではないか。ただ寝たふりをしているだけとも考えられるが確認したところで私が言えるのは「おはよう」くらいだろう。


四度目も駄目だった。
ならばこれ以上は無駄な行為だ。半ば諦めた私が、机から離した二本の指で遊んでいると、しばらくして声が聞こえた。腕が痺れてしまったのか唸るような声。先程までは真っ直ぐ腕に顔を埋めていたが横に向き直り、寝顔を拝むことができた。だがやはり彼女の瞳はまだ見つけられない。起きると思ったのにまだ瞼は閉じたまま。この状況になり先程までとは違って、少し緊張している私がいた。寝顔を拝めるかもしれないとは思っていたがここまで無防備な姿まで見れるとは予想だにしていなかった。何より触れようとしていたものがあちらから近づいてきてくれた。かといって容易に触れることはできず近づいてきた左手を凝視しているだけ。
いったいどれだけの時間が過ぎたのか。



「―――っ…」



眸を覗かせたのは空の色が朱から深い青に代わってからだった。ゆっくりと上がる瞼と頭をただ眺める私に気付いたのは目が合ってワンテンポ置いた後。
おはよう、よい目覚めか?
一言で徐々に顔を紅くした。きっと今頭の中で"どうして""いつから"といった疑問が巡っているんだろう。本当のことを言ってしまったら面白いことになりそうだが、やめた。彼女の口からは思った通りの言葉が出てきて笑いを堪えたのも秘密だ。
私は「ついさっき来た」と嘘を吐いた。
一瞬疑われたが額が赤くなっていることを指摘すると大人しくなる。せっかく触れられる距離にあった手もまた離れていった。こんなことだったら触れていればよかった。何度も試みて駄目だった結果だが、やはりそう思ってしまう。机の下でつくったピースサイン、もとい二本足を見てため息をつく。



「えっと……終夜は、どうしてここに、」
「読みたい本があったのを忘れていたのだ。この時間では誰もいないと思っていたのだがまさかそなたがおるとは」

実際読む本はあった。嘘ではない。ただ撫子を前にしてせれはただの飾りに変わった。言い訳の材料になった、といえる。

「うっ…それは言わないでほしいわ……」
「ふ、冗談だ」



もう!と怒りながら彼女は両手を上げ始めた。長い間、私が来た時にはすでに眠っていたから3時間くらい眠り続けていたために体が固まったのだろう、頭の上で両手を合わせて伸びている。その姿を見つめていてはいけない気がして開かれているだけだった本を手に席を立った。立ったついでに2冊あったそれを借りるためにカウンターに行く。進められなかったのだから後程少し切り詰めて読み進めよう。
貸し出し手続きが終わる頃には撫子の準備も終わっているだろうと無言で向かった。背中で撫子が物をしまう音を感じる。


閉館ギリギリであることを注意されたものの無事に本は借りられ、撫子のもとへ行くとマフラーをしているところであった。立冬を過ぎた今、皆少しずつ厚着になっている。まだ手袋はしていないようだがその内もっと隠れてしまうのか、浮かんだ思考に頭を振る。先程からどうしたというのだ。冬とはそういうものではないか。よくわからない、纏わり付く思考に頭を振った。
準備が終わっているのを確認して私も即座に本をしまい鞄を持ち上げた。「行くぞ」と言いかけて一緒に帰る約束などしていないことを思い出す。ちらりと視線を送ると頭を傾げながらも「帰らないの?」といってくれた。一緒に、とはいっていないが脳内で付け加えさせてもらう。



「この時間になるともう真っ暗ね」

図書館の扉を開いて瞬間感じたことと全く同じ内容の声が聞こえてくる。

「もう、冬がきているからな。息も白いぞ」
「そうね。はぁっ……うん。息が白いと冬って感じがするわ、ってもう冬だったのよね。そろそろ手袋も出さなくっちゃ」

今日出せばよかったわ先っぽが冷たいやと指先に息を吹きかけている。その姿を見て考える暇もなく自然と体が動く。




私のそれよりも僅かに冷たい指。息を吹きかけていたためか湿っているように思えた。いや、そのせいではない。私だ。緊張によって私の手が汗をかいていたのか。これならば一度服で拭いてから握るべきであった。しかし勝手に動いてしまったのだ。それは何故、何故?


「――終夜?」


呆気に取られていた私を覚醒させたのは撫子。不思議そうに私を見つめている。見つめられても、返事が出来なかった。何を言えば良いのかわからなかった。


流れる沈黙。寒いだろうに、開いては口を閉じてしまう私を怒りもせずにただ見つめてくる。あまりに情けなくいたたまれない自分に漸く言えたのはすまないというなんとも言い難い台詞だけ。しまったと思った時には遅く再び口を閉ざすしかなかった。そうだというのに


「うん、帰りましょう?」


笑っている。手を握り返してくれる。

……何故?
疑問が消えることはなかったが、なんとなく、言いたいことはわかった気がした。
私は許されていたのだ、触れることを。その理由がいくつあるのかは知らないが、一つ、とても単純な理由を私は見つけた。


120117
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