座っている先から伝わってくる振動の新鮮な感覚に普段よりもずっと俺は思考を巡らしていた。次々に通り過ぎていく建物達を見て、余計に。あまりの速さで流れていくから視線だけで追うことが出来ないなんて。途中で追うのを諦めた俺はただ漠然と広がる景色に心を奪われつつも考える。こんなにも世界は違ったのかと。
向かいの席には頭の頂を俺達に晒しながら眠っている人がちらほら。一人二人ではないことが電車の中、眠ることが当たり前であることを証明している。胸が高鳴るほど興奮をすることもないのか誰も彼も移り行く景色には目もくれずに過ごしている。こんなにも俺の胸は高鳴り続けているのに。俺もいつかそうなるのかと論点のズレたことを思った。
紗夜も初めてだというのにこれといって普段と変わった点がないように見える。あるとしてもかすかに目元が微笑んでいること。景色に没頭し始めた彼女の横顔から伺えるのはそれくらいだった。
そんなことを考えている間にも景色は変わっていっていた。幾分か前よりも自然が増えている。これからもっと増えるのか、それともまた建物ばかりに戻るのか、いったいどこへ向かっているのだろう。
「どこに辿り着くのだろう」
気づけばぽろりと零していた。
横で俺にもたれかかっていた紗夜は体を起こしてこちらを見た。
「そうですね………適当に決めてしまったからもしかしたら山の中かもしれません。はたまたきらびやかな街の中、海の近く。私もわからないのですが何処だっていいと思います。何処でも素敵だと思えるのは私だけでしょうか?」
視線は今俺を見つめている。黒い瞳の中に映る人影は今、俺だけだ。
「いいや、俺もそう思うよ。何処だって一緒だ。紗夜がいるのならば」
そうでしょう?と誇らしげに彼女は笑う。それに俺が頷くことで会話が終わった。
もう俺を"兄さん"と呼ばない彼女は日ごと、美しくなっていた。話し方、笑い方、困り方、怒り方、泣き方。そのどれからも仄かにあった稚拙さが消え、落ち着いた空気を纏っている。ほとんどの人間はただそこに在り、揺れて鳴く電車の音だけが響く空間の中、紗夜だけは確かな無垢だった。
前を向き周囲と同じように眸を閉じてみる。浮かぶのは一つの白。瞼を開け隣を見ると目が合った。あぁ、美しい白だ。
111018