川に入れた両手を擦り合わせる。透明な水が手に付いた汚れで少しだけ濁り、すぐまた透明になった。



「どう、匂いとれた?」
「まだわかんねぇや。こうやって流水につけてればそのうちとれるだろ」
「ごめんねわたしのために」



千鶴の手の中には小さな花束のようなもの。さっき俺が渡したものだ。黄、桃、赤、白、青。様々な色を持つ花をただ紐でくくっただけの花束。我ながら綺麗とは云えない代物を贈ってしまった。いくらなんでもいいよといわれたからといってさすがにこれはないよなぁと思える。なんで千鶴が喜ぶのか、本気で疑問が浮かぶ。
しかも花を切るためのものなんて自分の手ぐらいしかなくって。茎のさきっぽは全部裂けて糸のようなものがたくさんついている。加えて植物独特の汁と匂いが手についたなんて格好もつかない始末。

明らかに失敗。それなのに千鶴は喜び、わたしのせいでと謝る。いやいやいやそれは違うだろ。確かに微妙な反応をされるのは嫌だけど、その反応も困る。ただ笑ってほしかった。途中まではあんなのでも成功といえる感じだったのになぁ。失敗だよほんとに。



「なんか、ごめんなぁ」
「どうして謝るの?」
「なんでだろうな。まぁ俺も千鶴にその質問したいんだけどさ」
「私に?」
「うん、そう」



なんでそんな喜んでくれたんだって。答えを千鶴は持ってくれてるだろうか。さも軽く、口にした質問に内心では心臓が破裂してしまいそうなほど緊張していた。持っていてくれるといい。俺がほしい答えを。
千鶴が答えてくれるまでの間、高鳴る鼓動とは裏腹に冷えていく両手だけを見つめる。こういった質問って云うまでより云ってからの方が気まずい。後ろに立っている千鶴を見たくても見れないし。はやく、答えてくれ。



「嬉しいからだよ。嬉しいから喜ぶの」
「こんなへんてこなもんでも?」
「へんてこじゃないよ、だって平助くんが私のために集めてくれたものだもん!でも、だからわざわざ手間をかけてくれたのが嬉しくって申し訳なくって」



ほっと一息。すぐまた息を飲む。なんだよそれ。謝るのなんてただの気にしすぎなだけじゃんか。千鶴のためじゃなくって、俺がお前の喜んだ顔をみたいって理由で贈ったんだぜ。ある意味では下心満載の花束。千鶴が気にしなきゃいけない要素は一寸もない。



「ばっかだなぁ。お前が笑ってくれたら俺は満足なんだよ」



どっちかというと悪い方より良い方にとってほしい。細かいことなんか気にしないで受け取ってくれた瞬間みたいに、花よりも綺麗な笑顔を俺にみせてくれよ。


そろそろかなぁと両手を川から出して匂いを嗅ぐとさっきまであった鼻につく匂いは消えていた。自然の匂いだけが残る。どう?と聞かれたから右手を千鶴の顔に近付けた。濡れていることも忘れて頬に触れれば静かな笑顔。

そうそう。それがみたかったんだ。他に何もいらない。笑顔だけをくれよ。その気持ちだけは、ほんとうだ。


110705
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