決まってわたしを起こしてくれるのは瞬兄。つまりは目を開けて一番に視界に入るのが瞬兄だ。口にしたことはないけど、それだけで毎日一日が幸せな気持ちで始まる。時々瞬兄が起こしにくる前に起きちゃうこともあるけど、そんな時寝たフリをするのもしょうがないことだと思う。
今日はその"時々"の日だった。



「ゆき、入りますよ」



やっと来た。目が覚めてしまった時から待ちわびた人がやっと。けどわたしは寝ているんだからノックなんかしなくていいのに。言いたいけど言えない。言ってしまったら寝たフリをしてることがバレちゃう。
間を開けてから入りますよ、と聞こえる。ドアノブが回るのを確認して目を閉じた。ここからが本番だ。寝てる時どんな動作をしてるかなんてわからないから、全身の力を抜いてゆっくり呼吸をするくらいしかできない。それが正解なのか聞ける人はいないもの。今日もそうするしかない。近くに来ている気配を感じて鼓動がはやくなった。


あ、足音が止まった。同時に上の方から空気を吐き出す音が聞こえる。呆れているような、そんな。もしかして気づかれちゃったのかな。布団とかちゃんと起きた時のままにしたし。気づかれたことなんてなかったらどうしてなのか予想できなかった。残念ながらそれは意味のないことだったのだけど。



「どう寝たらこんな……」



瞬兄がため息を吐いた理由はわたしの寝方だったみたい。ため息をついちゃうくらいひどかったのかな?そうは思わなかったけど。瞬兄が呆れるくらいなんだからひどかったのは、たしかだ。
ふと冷たい空気が入ってきたかと思うとすぐにあたたかいものが戻ってくる。布団をかけ直してくれた。寝たふりからほんとうに寝てしまいなほど、あたたかい。



「ゆき」



まどろみの中に誘われているといきなり耳元で響いた。完全に気を抜いた状態で響いた音に体が反応してしまう。嘘。いつもこんなことしない。ってことは、気づいている?わたしが寝たふりをしていることを。

どうしよう謝らなくちゃ。そう思ったのに瞬兄は離れてくれなくて、耳元で繰り返しわたしの名前を呼ぶ。起こしにきてくれてるはずなのに"起こしてあげない"と言われている気になって、瞼を上げることができなかった。タイミングも、逃してしまった。顔赤くなってないかな。心臓の音聞こえちゃってないかな。気になることが多いのに動けないわたしは寝たフリをしたまま様子を伺うしかない。

さっきから何十分も経っている気がするけど、なんで瞬兄はわたしを起こしてくれないんだろう。瞬兄を騙そうとしたことに対する罰みたい。少し嬉しい気もするけど喜べないよ。



「……ふっ」



もうたえられない。
瞼を上げようとした瞬間、瞬兄が笑った。それも声を漏らしながら。意味がわからなくて目を開けると視界に広がったのはさらさらとした銀色の髪だった。その向こうにゆるんでいる口元が見える。え、どうして。思わず口に出すと髪の隙間から目が合ってしまった。



「おはようございます」
「しゅ、しゅんにい……」
「寝たふりなんかして何を考えていたんですか?」
「な、なにも」
「嘘は言わないでください」



言葉を失う。目を閉じている時は気づかなかったけど瞬兄との距離はすごく、近かった。たしかに耳元で声が聞こえたからあれ?と思ったけど、まさかこんなに近かっただなんて。また目を閉じて恥ずかしさから逃げたくなった。

目をそらして受け答え、ふと思った。セリフだけなら前と何も変わらない。だけど声色が、全然、違う。さっきかけ直してくれた布団のようにあたたかい。こんな状況じゃなきゃ、ただただ気持ちいいのになぁ、なんて。



「ゆき、それに自覚はありますか?」
「え……?」
「ないんですね。はぁ」
「それって何のこと?」
「知りたいなら俺の問いに答えてください」



そらした視線を戻すとそこには声と同じくらい和かい微笑みがあった。とても、小さな、それ。でも十分過ぎるくらいの、ちから。わたしはその答えを知りたかった。そしたら取る行動は一つ。口を開くだけ。



「俺は、知りたい」



わたしもだよ、瞬兄。


110621
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