教室へ戸締まりに行くと一つの影があった。油断した。誰もいないと思っていた俺は口笛を止める。時すでに遅し、かもしれないが人がいる場所で続ける気にはならない。扉に手をかけ勢い良く開ける。こほんっと咳払いをして誰なのか確認をせずに話しかけた。
「こぉら!もう下校の時間はとっくにす、ぎ……っ…」
油断はまだしていたみたいだ。残っているのはうちのクラスの男子かと思っていた。でもその予想は見事外れ、たった一人の女の子だった。彼女だというだけで教師として説教をしなければいけないことが飛んでいく。嬉しさと焦り。どちらかというと後者の方が大きかった。口笛、やめて正解だったなぁ。
恐る恐る近づいてみると夜久は眠っていた。こんなところで、という気持ちはあるが思いがけず二人きりになれたので今日は怒ってやれない。嬉しいと思うのも俺だけかもしれないがどうでもよかった。どうせ言うことは出来ない。聞くことも出来ない。それなら一緒にいれる今を堪能してしまいたい。
けどその前に。ずっと寝かせてあげられはしないから起こしてやらないと。
「やひさ」
髪の合間から覗く頬に触れてはいけないと知っていながら手を伸ばす。あと数センチというところまで持っていき、結局は肩に触れた。何度か軽く叩きうっすらと瞼が上がるのを確認してもう一度名前を呼んだ。
「陽日、せんせ、い……?」
「ん。俺だ」
「あれ…もしかしてわたし寝ちゃってました?」
「おうっ、こんなとこで寝るなんて危ないから今後しちゃダメだからな」
「……………」
ふざけたように。最低限のことだけを伝える。なのに夜久の反応が返ってこない。不思議に思い覗き込むとその口元はやわらかく弧を描いていた。え、と零すとこらえきれなくなったのか彼女は声を漏らす。
「起きても陽日先生に会えるなんて嬉しいです」
夢でも陽日先生がいてくれたんですよ、なんて。夢の中の俺うらやましすぎるよ。
伝えてやりたいがしなかった。かわりに額を小突く。何言ってんだ俺がいてもなんもないだろと心にもないことをいって笑った。
「うぅ……本当のことなのに」
「そういうのは後で受け取ってやるから。今は言うなよなぁ」
「ごめんなさい」
今度は二人、笑い合う。そうだ。今はどうせ無理なんだから後のお楽しみだと思っていれば苦なんかじゃないんだよな。自分で言った言葉に納得してしまった。それは夜久も同じよう。たまにこんな時間に巡りあえるなら離れている今にも意味がある。そう思えた。
フリリク/まいか様
110520