ゆきがじっと鏡を見つめている。いや、鏡の中にいる自分を、か。口にヘアゴムをくわえ両手で髪を梳かしている姿は幾度も見たことがあるもの。しかしその動作はいつもと僅かに違った。
「ポニー……テール…?」
咄嗟に口元を押さえる。意図していなかった今の発言はゆきに届いてしまっただろうか。動けずにいるとゆきは振り返った。鏡に今度は後ろ姿が映る。たしかにポニーテールと呼ばれるものだ。
幸いゆきには聞こえなかったのかあ、おはようと呑気な挨拶をしてくる。平静を装いながら返すが俺はかなり動揺していた。簡単な4文字すらスムーズに発せられない。
「髪型、どうかしたんですか」
「最近暑くなってきたから上げようと思ったの。でも普段こういう結び方しないから難しくて」
変じゃないかな?と首をかしげる。俺は口元を隠して頷いた。変な訳がない、似合っている。そんな気の利いた言葉は言えなかった。
「よかった。それじゃあ今日はこの髪型でいようかな」
「それは……っ」
「やっぱり変?」
「ではないですが」
「じゃあ、」
煮え切らない返事ばかり返す俺にゆきは変わらずに聞いてくる。似合わないかと。そういう話ではなくて。
黙るのが卑怯だとわかっているがどう言葉にすればいいのかわからない俺は黙ってしまう。似合っている。ここに閉じ込めてしまいほどに。誰にも見せたくないほどに。しかし俺の真意は伝わらない。
こういう時、ゆきは根気強いと思う。一向に引こうとしない。白旗をあげたい気持ちしか持たせてはくれず、ここまでくるともう俺が折れるという道しか残っていなかった。
110520
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