ふと思い出したことがあった。急用というわけではなかったが顔を見に行く理由になるかと、私は彩雪の部屋を目指していた。
まだ夜になって浅い。今なら起きているだろうと部屋の前に着き、声をかけるが想定外にも返事は返ってこない。まさかと嫌な予感がした。
「お前はまた………」
入るぞと一言。部屋に入るとやはり彩雪はもう褥の上にいた。
最後に彩雪が行動しているのを見たのは半刻前だ。いきなり私の部屋に来たかと思えば私の名を呼び、笑い、そして出ていった。その時は本当に馬鹿になってしまったのかと放っておいたがあれは眠気のせいだったのか。たしかに足取りは危うかった。
それでも眠る前に私の部屋に、私に会いに来る。なんと馬鹿なことだろう。しかも名を呼ぶだけ、など。「おやすみなさい」くらい言えないものか。それともお前は名を呼ぶだけで満足をしたのか、たわけが。
最後に付け加えた言葉に彩雪は反応を示した。小さく唸り、眉間に皺を寄せる。こうして眠っている相手に説教をする私も大概、なのだが。
立ち続けているのは癪だったので彩雪のすぐ傍に腰を下ろし小さな手を取りその顔を眺める。阿呆面。普段以上にひどい顔だ。おかげでせっかく思い出した用事を忘れてしまった。何度も忘れてしまうほどの大した用事ではないが、それがこいつのせいだというのが気にくわない。
仕置きとしていつかのようにこの握った手のひらをつねってやろうとしたがそれよりも善いことを思い付く。
「すべては、お前のせいだ」
届かない呟きを隠すように彩雪の上に覆い被さる。さて、この仕置きでどのような反応を示すか。楽しみで仕方ない。
110517