忙しそうな彼女とすれ違った。困ったようなその顔には薄らと笑みも含まれていて、無意識に通り過ぎていく細い腕を掴んだ。
「―――わっ。な、永倉さん?」
彼女が驚くのはもちろんだが俺自身も意味がわからなかった。一瞬自分が何をしたのかわからなくなる。千鶴ちゃんの手に触れていると実感したのは彼女の声を聞いてからだ。
慌ててぱっと放すとまた名前を呼ばれた。どうしちまったってんだ。
「そ、その……どこに行くんかなぁって気になっちまってよ。驚かしちまったよな悪かった」
まくし立ててしまった自覚はあった。だが思ったよりも俺は焦っていた。千鶴ちゃんが向かう先なんて聞く必要もなく、わかりきっていたのに。
俺の予想どおりに彼女は照れ笑いをしながらそいつの名前を言った。
もやもやっとしたもんが心の中に生まれたのを感じて目を細めて笑う。んじゃあ早く行ってやんねぇなと目の前の小さな背中を押す。彼女は少し顔を赤らめそれに従い走り去っていった。
「どうしたもんかなぁ」
一人になったということで思っていたことを口にすると、あったはずの焦燥ももやもやもなくなっていた。なくなったからといって気のせいだったと片付けられないことはわかっている。だけどそれは今更な話でどうすることもできない。
できることは募り始めているものを隠すことと、千鶴ちゃんの手に触れないようにすることくらいだ。これ以上増えちまったら、いけねぇよなぁ。
千鶴ちゃんがいっちまった方を見るとそっちから俺の方へ向かってくる見慣れたやつがいて俺は彼女に触れた手をそいつの肩に回した。
110512