小さい頃、訪れた町で迷子になったことがあった。何をするにも四六時中そばにいた側近や護衛をこの時まで煩わしく思っていたのに、知らない土地の中一人になってみるとそう思っていた自分がどれだけばかなのかがよくわかった。僕は、誰かがいてくれるってことの大きさに気づいていなかったんだ。だけど自分からみんなと離れたというのにみんなが僕を一人にしたように思えて。悲しくて、怖くて、苦しくて。はやく僕を見つけてと何度も心の中で呟いては情けないくらいにたくさんの人が行き交う道の端っこで体を抱いて泣いていた。
「……………――?」
そんな時、自分の泣く声とガヤガヤとした人の足音の中でとても小さな声が聞こえた。聞こえたのが奇跡だと思えるほどの小さな話し声。それは異国の言葉だったから何ていっているかも僕に話しかけてるのかもわからない、はずなのに。どうしてだか僕を呼んでると感じて顔を上げるとそこには一人の女の子がいた。亜麻色の髪を持つ同い年くらいの女の子。その髪は光に透けキラキラとしていてそれ自体が光のようだった。その光を当てられて僕は見つけられた。
女の子は物珍しそうに僕の顔を見ていたけど、それは最初だけで目が合えばにこにこと笑った。笑顔の中には邪なものはみえなかったからほっとしたんだけど、この女の子は道の端でまるまってる僕に好奇心で話しかけたんだと思う。見つけてくれたのは嬉しかったけどそう思うとすごく恥ずかしくなった。こんな情けなく泣いてるところを女の子に見られたなんて。
「………――?」
「……――!」
だから泣いていることを見られないようにまたうつむくと女の子はさっきよりもたくさん話しかけてきた。きっと心配してくれてたんだと思う。声色に焦りがあった。それでもこれ以上見られるのは嫌だった。だから首を振るのに、そんなのお構い無しで話しかけてきて。痺れを切らして、いやだと言うために口を開こうとしたその時。女の子はそれにかぶせるように今度は頭を撫でてきた。ちらりと女の子の方を見ると眉毛を下げて僕を見つめていた。そして、元気出してといっているような笑顔も添えられて。
普段父様や母様に撫でられるのとは違うたどたどしい小さな小さな手のひらが僕の頭を行ったり来たり。抵抗しようと思ったけどその小さなぬくもりに余計泣けてそんなことできなかった。髪も笑顔も手も、すごくあたたかかったからだと思う。この子に見つけてほしかったんわけじゃないのにまるでこの子に見つけてもらうために迷子になったんじゃないかって思えるくらい、心地よかった。
頭は撫でられ続けて結局、泣き止んで護衛たちが僕を見つけた時までそのままだった。護衛たちが来て僕の名前を呼んだ瞬間。女の子の手は離れてすごく寂しく思えた。
呼ばれて振り返ると、ついさっきまで泣いていた僕がいうのもなんだけどみんな情けない顔を作っていた。それがすごく嬉しかったからあえて口にはしなかったんだけど。情けない顔をしたままの護衛たちは一緒にいる女の子に一瞬驚いていたけどそのことにはあまり気にも止めずに僕だけに大丈夫ですか、とか心配しましたよとか話しかけきた。言いたいこともあったけど、ここは素直に謝っていると行きましょうと手を引かれて立ち上がらされた。そしてそのまま、馬車に乗せられた。女の子はよく状況を理解できてないみたいでただ呆然と眺めていた。だけど僕が馬車に入れられる前、護衛たちの間からちらりと泣きそうな顔をして手を振ってる女の子が見えた。
ほんの一時しか、ましてや会話すらしてないのに、どうして。
そう思った瞬間からその表情が忘れられなくて。その後城に帰ってからも、忘れたことなんかなかった。そしてその時から。今はもう曖昧に揺れている記憶の中。たった一つ鮮明に残っているあの女の子にもう一度会いたいと、ずっと願ってしまっている。
掬い上げた水は塩酸
いつまでも消えない跡を僕に残して落ちた。
110106