「弥彦くんってば!」
かわいいかわいい、愛しの彼女は俺の精神崩壊を狙ってるかのように上目遣いで睨み付けてくる。さらには名前まで呼んでくれちゃって。うっすら開いた口が色っぽすぎて俺には無理ですと思わず言ってしまいそうになる。や、でも、ほんとに。き、きすだなんて俺には早すぎるよ死んじゃうよ?!今の状況、夜久に抱きつかれてるだけでも心臓ばっくばくなのに。何事もない顔でこなすとかそんなの夢のまた夢で、現実は当たり前のようにきょどってどもって。な、なさけねぇ……
「ほ、ほらだってまだ付き合って少ししかしてないし!」
「少しって、もう半年だよ?」
「いやぁ、俺の人生においての半年は少しなんだよ」
「でも私たちが出会ってから半年って長いと思う!」
う、と言葉につまる。たしかに初めて会ったのは二年前。つまりは四分の一の間夜久と付き合っているというわけだ。それをいわれると何も言えない。でもでもと必死に言い訳を探そうとすると夜久はついに黙り込んでしまった。もちろん、焦る俺。頭を掻いてなんとか夜久を傷つけないでこの場をやり過ごす方法を考えるけど、今更考えたって浮かぶはずなかった。
今までも何度もこういう話は出てきた。そりゃ俺だってしたいさ、夜久とキス。別に取って置きたかったわけじゃないけど、ファーストキスを夜久とできたら昇天出来るだろうよ。だけど俺にはそれがすごく怖い。もしキスをして、いつか俺のこと嫌いになって後悔されたら、俺はもう生きていけないと思うんだ。
こんな話夜久にしたら嫌われるってのもわかってんだけど、でも。俺なんかよりいい奴なんてうっじゃうじゃいるし、そんなやつらと面と向かって戦わさせられたって勝率なんかないに等しい。というかない。だから怖い。怖いから不安で逃げてる。
「夜久はどうしてそんなに、き…………す、したがるんだ?」
そして何故だかふとそう疑問に思った。普通は、とか一般的には、とか。そんなの普段全く気にしない彼女がどうしてそれに対してはこんな必死になってるのか。何か原因でもあんのかな。
「………から」
「え?」
口を開く前、俺の背中に回してる腕に力が入ったのがわかった。でも声が小さすぎてなんて言ったのかはわからない。夜久もそれはわかっているらしいんだけど、もごもごと口を動かした後何故だか恥ずかしそうに顔を赤くして俺の胸に顔をうずめてしまった。ちょ、それはダメだって!そう言おうとしたらまた夜久がボソッと小さな声で呟いた。今度はどうしてだかちゃんと聞こえてきて俺まで顔を赤くしてしまった。
「弥彦くんが、好きだから」
だから不安になるのと彼女は言った。その瞬間最低だと思うけど安心した。夜久も不安なんだ。俺だけじゃないんだ。不安の色は違うかもしれないけど。そう思ったら俺も、夜久にちゃんと伝えようって思えた。俺だって男だ。やるときはやってやるんだ。
意を決して、抱きしめられていたのをそのまま抱きしめ返した。急なことで驚いたのか一瞬腕の力がゆるんだけどそれもすぐ元にもどってにやけてしまった。恥ずかしいから、怖いから顔を隠すために抱きしめ返したんだけどそうしてよかった。だってこうやって腕の中に夜久がいるってだけで、ぐわって好きが溢れてくる。好きで、好きすぎてこんなにも苦しいだなんて俺はなんて幸せなんだろ。それを伝えることが出来るのは、受けとめてもらえるのは俺だけだから。ここからが、俺の本気だ。
101226