室内に響く水音とものが掠れ合う音を聞きながら勉強するのも悪くない。無音が一番だと誰かが言っていたが、それはそれで自分の筆跡の音で集中が途切れてしまうときもある。どうしたって視界の端に映る本たちに意識がいってしまったり。勉強がどれだけ大切なものかを理解していてもずっと集中を継続させることは私にはできない。
 それなら、と開き直り「自室では寒いので」なんて言い訳を使ってリビングで宿題をやることにした。自室にも暖房器具はある。言うほど寒くはない。どちらかというと広いリビングの方が暖房の効きが遅く、寒いくらいだ。
 兄さんもわかっているようで、私の台詞に小さく笑った。わかっていても何も言わずに許容してくれる兄さんをいつも抱き締めたくなる。
 本当はただ兄さんと一緒にいたいだけだと言ったら。それすらも許容してくれるだろう。

「進んでいるみたいだな」
 まだ自室にいたはずの兄さんが背後に立っていた。私の隣に置かれた椅子に手を置き、その腕には数冊の本が挟まれている。
「本を持ってきたのですか」
「ああ。もうしばらくかかるんだろう?一人じゃ寂しい紗夜のために隣にいてあげるよ。だから頑張って」
「ありがとうございます。とても…嬉しいです」
 背もたれに置かれた手に自分のものを重ねた。もちろん、左手で。

*ココアに砂糖
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