些細なことってこの世にあるはずないよ。
「俺は夜久がつらいと感じるんなら、それは些細なことなんかじゃないと思う」
些細なことであるはずがない。世界の中で些細なことがあるとしたらそれは俺自身だけだ。特に、夜久は俺が思う一番の、世界からはみ出してしまえるくらい特大な存在。そんなやつが涙するほどの問題が、些細なはずない。
「それは違うよ白鳥くん。たしかに私にとっては重大なことでもあの人にとっては些細なことなの。どうしようもないくらいにね。私はそれを変えることができない」
それだったら俺の世界に来てくれたらいいのに。
口にする前に諦める。それは無理だ。所詮夜久は俺と違う世界の住人。
忘れていたわけじゃないのに、頭の中からすっぽり抜けていた。つまり、忘れていたということなんだろうけど、はいそうですかと容易に頷くこともできなかった。
彼女は彼との世界を大切にしている。与え与えられ求め合うのを夢見て。二人の世界に、いつかなるように。
「そしたら尚更、些細なことなんて言ったらダメだ」
「それは、言魂だから?」
「違うよ」
「じゃあどうして。何度でも言うけど、彼にとってはわたしなんか些細なことなの。どうあがいても」
彼女は俯いた。俺は陰った頬を叩く。ぺちっ、なんてかわいらしい音を立てて。
「あがいてなんかいないだろ?些細なことにしてるのはそいつじゃない。お前だよ」
「白鳥君は知らないから言えるんだ」
晴れた日も雨の日も、いつだって君だけを見てきたの。それを君が知らないように俺には知らないことがたくさんある。正論だ。突き放されたことに憤りを感じることもないよ。
だって、俺もあがいていない。
「うん、夜久と同じ立場にいないからわからないし、そこにいきたいとも思わない。ただね、俺は好きなやつが大切だから。だから、そいつを悲しめるものを些細とは呼べないだけ」
ほんとうにそれだけなんだ。
120622