ぴちゃん、ぴちゃんと廊下から聞こえる水音をBGMに目をつむる。一定のリズムを刻むそれはただの名残。さっきまで降り続いていた雨を青空が徐々に消しているはずだ。
「あーめあーめふーれふーれー」
雨が止んで嬉しい。寮までの短い間だって濡れると風邪を引く要因になってしまう。だけど、今日は雨音を聞いていたい、そんな気分だったんだ。
だから雨乞をしました。意味がないってことは知っていました。
「かあさーんが」
もちろん雨乞を実行してしまったのは、今この空間にわたし以外いないことを前提としていた。
「ってどうしたの夜久さん」
では、この声は?
瞼を上げるとそこに。
「金久保先輩…」
「こんにちは。一人でどうしたの?雨はもう止んだから帰れるよ。それとも君はまた雨が降り出すのを待っていたのかな」
湿気の多いじめじめとした空気を感じさせないオーラを持った人がいた。
この人はいつだって晴れた空みたいだな、と思う。快晴というには少し雲が多すぎるけれど、だからこそ陽射しが心地よく感じられる、そんな空みたいだ。
「わたしにもよくわからないんです。何も考えたくないなって。ただそれだけなんです」
「ふふ、そっか。それじゃあ帰りたいってことではないのかな?」
ふむふむ、と顎に手をあてている。
「はい、たぶん」
「ちょうどね、僕は一樹を探していたんだ」
ひらめいた!という表情をしたのが一瞬見えた、気がした。次の瞬間には目を細める。目尻の下がった瞳はやわらかい。
この人は空みたいと思うのはあながち間違いではないのかもしれない。無邪気で、多彩で、うつろう。
「しょうがないですね」
そして届かない。はずなのに。
「じゃーのめでおーむかえ」
うれしいな。
120503