ふざけた色をみせずに彼は云う。
「お姫様、お姫様。あなたは幸せになりたいのですか」
声のトーンが普段と違う。何よりも眸が暗かった。淡々と意図の読めない問いをされることは時たまあるがこういったことを聞かれる経験は未だになかった。どうしてそのようなことを?開きかけた口はそっと掌で塞がれた。

聞いてはいけないらしい。くちびるに触れるか触れないかの距離にあった手を掴む。触れた指先が冷たく感じられた。もしかしなくても彼は緊張しているのだろうか。幸せになりたいのですか。もしもはいと答えたならば彼が私を幸せにしてくれる?いいえと答えたならば幸せにしてはくれない?


私はどちらでもよいから明確な答えを啓示しなかった。幸せでも、幸せでなくても。手放せないのだから、どちらも結局は些細なこと。それはとても無意味な問いかけですね。まだ手を掴んでいたから今度は塞がれなかった私の言葉。二人しかいない空間に波紋をつくっていく。


「無意味?僕にとっては重要なことなのに、ひどいことを言うね」
「…ひどいことなのでしょうか。私は質問の答えとして"無意味"という言葉を選びましたが貴方の質問を軽んじたつもりは微塵もなかったですし、むしろこの言葉以外に答えを見出だせなかっただけです。それはひどいことなのでしょうか」
彼の手を掴んでいる手が、掴まれる。重ねるという表現のほうが正しいかもしれない。
「ほんとに?」
「本当です」
「僕は簡単に信じてあげられない。君がそうであるように」
「はい」
そんなことは出会った時から知っています。忘れてしまいましたか?問いの答えとして手の甲に唇を当てられる。いつか読んだ物語の中の"親愛の証としてくちづけを贈るけれど本当は触れてはいけないんだ"というフレーズが不意に浮かんで笑ってしまった。

彼にはまったく関係ない今の私の行動ですら、彼は反応するのだから、余計に。



「幸せという不確かなもので頭を悩ませるのは、私の性に合わないのです」





同じように思えたら彼も変なことを気にせずに済むんじゃないか、と考えてしまっているあたり、結局はやはり彼の幸せを想っているみたいだ。

120428
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