まわるまわる。何がって、僕自身が。どうしてまわりだしたんだっけ。

頭の中はぐるぐるぐるりと乱れていて。







「気がついたのね」
歪んでいた世界の中それは真っ直ぐ僕のもとへやってきた。そこで世界はひとまず鮮明になる。
声のする方を見ると僕が横になっているベッドの隣に椅子があった。顔を傾けたせいで額に乗っていたものがずれて視界の端に映ってくる。これはタオル?
ああ、そうだ。タオルで思い出した。僕を風邪を引いてしまったんだ。
家に着いたまでは覚えている、ただの濡れ鼠となった僕を迎えてくれたヘンリエッタの形容しがたい表情も。
思い出している僕を余所にガタッと音を立てヘンリエッタは椅子に腰を降ろしていた。顔を伺ってみる。昨日のような表情ではないことに安堵した、のだが。
「ルートヴィッヒがわたしのいうことを聞かないのがいけなかったのよ」
笑っている。僕が体調を崩しているというのにヘンリエッタはとても嬉しそうだ。しかも、なんだその上から目線は。いつも人のいうことを聞かないのはヘンリエッタでその台詞は僕が言い慣れたもの。言われてむっとなるのはお前のはずなのに今は逆だ。僕がむっとして、彼女は笑っている。
「しょうがないから今日はわたしがルートヴィッヒのことを看てあげるわ」
お前が少し誇らしげに、偉そうに言う理由はなんだ。






雨が降っていた。昨日も一昨日もその前もそのまた前も。一週間前から雨は降り続けていた。明日は止むだろう、梅雨でもないんだし。思っている間も止むことはなく晴れ間がさしたのは、今朝。今日もまた雨かと思い窓の外を眺めると居座り続けていた雲は姿を消していた。どうせだったら今日も雨でよかったんだ。じゃないとあいつからしたら、昨日の僕はただの馬鹿じゃないか。


「食料もあるし止むまではとりあえず家から出ないようにしよう」
そう言ったのは4日前だったのをよく覚えている。次の日には止むだろうと思っていた僕の言葉は見事外れた。

ちょっと待て雨が降ったらあれを買いに行けないじゃないか。もう、明日だというのに。

今日までにどうしても手に入れなきゃいけないものがあって、焦った昨日の僕は急いで一人買い物に出掛けた。けして優しくはない雨の中へ。ヘンリエッタに止められたし風邪を引くことは予想の範疇ではあった。たとえ風邪を引いたとしても後悔はないが、思考がまわりすぎて何も考えられないほどの風邪を引くとは予想出来るはずなかった。
「文句はたくさんあるのよ。でも、今は休まないといけないから見逃してあげる。隣の部屋にいるから、ゆっくり休んで」
「…やす、む?」
また世界が歪み出したのと同時に、ベッドに両膝をついて彼女は言い放つ。今が何時なのかもわからない状態で眠ってしまったら次起きた時には日付が変わってしまっているかもしれない。まだ外は明るいけれどだからといって次起きたとき空がどうなっているかはわからない。もしかしたら時計が一周してから起きて、空が明るくなっているかもしれない。それだけはだめだ。休んだらだめだ。
「おまえに、渡したい、もの、が」
しかし意識は引き込まれていく。
ぐるりぐるりぐるりと渦の中へ。その中心は光が溢れているのか白く、何も考えられなくなっていた。








「よく眠ってるわ」

額に乗せたタオルを水に浸し、しぼる。もう何度繰り返しただろう。お昼に閉じてから一度も開かない瞼を眺めながら数えてみる。うん、両手分くらいかしら。数字にしてみると意外に多くて、やっぱり、相当つらかったのかな。意識も朦朧としてるだろうに"なんでもない。大丈夫だ"と言い張った昨日のルートヴィッヒが浮かんだ。
バカ、バカ。全然大丈夫じゃないわよ熱なんか出して。声を出しづらそうだったし、きっと喉も痛いんでしょう、バカ。
心の中で罵りながらそっとルートヴィッヒの頬に触れる。
熱は少し下がったみたいでわたしのそれと同じくらいの熱さになっていた。そろそろ濡れタオルは必要ないだろう。他にすることもないからただルートヴィッヒを見つめる。
「………っ…」
つらそうに顔をしかめてもぞもぞ動くルートヴィッヒは、いつもと違って幼いこどもみたいに見えてしまった。見えるだけだ。中身はわたしよりもはるかに大人で、こうやって看病出来るのが不思議なくらいなんだ。ほんとうは。
それなのに、こんなもののために寝込んで、そういうところはバカよ、ルーイ。

「Happy…birthday、か」
膝の上に乗った小さな硝子たちを撫でる。きらきら光るたくさんの動物と花。入っていた箱には小さな紙が添えてあって、わたしの名前とたった一言が書かれていた。
これは倒れたルートヴィッヒの腕から落ちたものだった。濡れないように、しっかり包装されていたものを勝手に見てしまったのは悪いと思うけれど、謝るつもりはない。
だって小さな紙によれば、これはわたしへのプレゼントで、そしてわたしの誕生日なのにルートヴィッヒは眠っているんだから。




「ねぇ、ルーイ」


はやく治してね。たくさん文句を言わせてね。言いたいことがありすぎて頭の中が回ってしまいそうなの。ぐるぐる、すでに手遅れかもしれないわ。
だから、出来れば、はやく目を覚ましてほしいの。言いたいこと言ってすっきりしたい。わたしが満足出来て、ルーイも本調子に戻ったら、そしたら。
胸に灯った想いを伝えさせてね。


レンヌちゃんへ
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