静かだったここにドアが開く音が響いた。休憩がてら睡眠を取っていたところに聞こえたその音はひどく乱暴で。誰か男子がサボりにきたかと思ってベットから降りてカーテンを開けるとそこには思いもよらない奴がいた。ソファの前に立ってあたりを、まるで睨んでいるかのように、静かに冷めた眼で見つめていた。声をかけようと思ったが声が出ない。大きな瞳からぽろぽろと、雫が落ちていたから。
何も言えずに佇んでいると俺がいたことに気づいたのかこちらを見る。何を言えばいい?何も言わずに泣く夜久に。
「そんなねめ回して、どうした」
やっと出た声で少し軽めに言う。空気に流されるな。いつものように接しろ。それが一番の方法だ。そう言い聞かせても、目の前の夜久の姿に流されそうになる。こんな瞳をいつだか見たことがあった。そう遠くない過去の中。たしか、あぁあの時だ。大切なものを失くした夜、鏡を見たらそこにいた。
どうしてお前がそんな瞳をしているんだ。まるで抜け殻のよう。それでいて全てが敵だとでも言いたそうな、世界を否定しているような瞳をしている。目の前の、どこか懐かしいそれに俺は締めつけられた。
「夜久?」
「夜久」
「やひさ?」
何度呼んでも返事はない。どうしたっていうんだいったい。何がお前をそんな風にしたっていうんだ。今の夜久にはいつもの面影もない。ただ涙の跡が浮かんでいるだけの表情。その中でねめる瞳。最後に、耳を傾けないと聞こえないような声で呟いた言葉。
ここにいたくないんです
けど、ここにいたいの
何故か息苦しくなる。ちゃんと呼吸は出来ているはずなんだが。息が、酸素が、上手くめぐらない。そのせいで、身体が俺の意思とは別に動き出す。お前の姿に懐かしさを思い出したから、酸素が足りないから。だから、だから。抱き締めてしまったんだ。俺の意思とは、裏腹に。
手を回した背中と視界に広がる亜麻色。壊れてしまいそうだ。それなのに勝手に力が入る。俺も、どうしたもんだか。"流されるな"という意思が逆に"流されろ"と囁いてきているよう。だから俺は流されているんだ。それならもういっそ。何も考えずに、このままで。
ここにいればいいといったのは。
俺の意思か、それとも、
antithesis
100708