懐かしい匂いがした。一度も訪れたことのないこの場所で。やさしくあたたかい匂いが、溢れていた。
「へぇ、意外と綺麗に片付いてるね」
初めて入った月子の部屋は女の子っぽいのにガチャガチャしていなくて、月子のだとすぐわかるような部屋で。そういえば、姉さんの部屋もこんな感じだったな。月子の部屋のほうが片付けられているけれど。
「意外ってなんですかっ」
「んー、そのままの意味だけど?」
いつもと同じで月子はプラスに言葉の意味をとらない。その言葉をいい方にとるかわるい方にとるか。それは月子次第でしょ?なんて心の中でいっても月子は全く気づいていない。当たり前のこと、だけどさ。何もわるい方にしかとらないっていうのは少しひどいと思わない?僕だっていつもからかいたいと思ってるわけじゃないんだし。
「ほらそんなことで拗ねないでよ。これならいい奥さんになってくれると思ってそういったんだからさ」
「……………ほんと、ですか?」
「うん。ほんとほんと」
今だってほら、自然に未来の言葉を口に出せた。月子は気づいていないけどそうさせたのは君なんだよ。
お茶を持ってきますと月子が部屋を出ていく。月子の香りで溢れた部屋に残された僕。ここはあたたかくてあたたかくて、思わず笑みがこぼれる。ずっとこの空間にいたい、なんて思ってしまう。もしこのまま目を閉じてしまったら夢に月子が出てくるかな。それとも久しぶりに姉さんに会えるかな。そんなことわかるはずもないけど考えてしまう。そのまま目を閉じかけた時、扉の向こうから足音がした。だけど僕は気にせず目を閉じた。
「郁……?あれ、寝ちゃったの?」
静かに部屋に入ってきた月子は、多分持っていたお茶を小さな机の上に置いて、目を閉じ何も言わない僕のそばにきた。髪に何かが触れた感じがしたからきっと月子が触ったんだろう。それが妙にくすぐったくてついその手を掴んでしまった。僕が突然そんなことをしてしまったから月子は驚いたのか目を大きくした。そしてすぐに起きてたんですねと笑う。
「おかえり。はやかったね」
「そ、そうですか?」
「うん」
もっとゆっくりくるかと思っていたと伝えれば郁を待たせたくなかったからと月子は少し照れくさそうにいう。そんな月子を見ていたらどうしてだか胸が痛くなって掴んでいた手を強く握った。昔姉さんと手を繋いでいた時に、このままひとつになれるかなとふたりで話したことがあった。そんなこと無理だって僕はいったけど、姉さんはなれるといった。その時の姉さんの言葉が今ふと頭を過る。
「こうして手を繋いでいたら僕らはひとつになれると思う?」
だからかな、こんなことを聞いてしまうのは。君がなんていうのか。あの頃の僕と同じで無理だというのか、それとも。
「ひとつ、ですか……物理的には無理だと思います、けど、想いはひとつになれると思います」
そっかと小さく呟けば月子は僕の隣に腰を下ろして頭を預けてきた。月子がいったことは姉さんがいったこととは少し違った。だけど、僕には月子の言葉のほうが嬉しく思えた。想いは、ひとつに。それならこうして手を繋いでいる今、僕らの想いはひとつになっているのかな。このあたたかな想いを君も持って、いるのかな。持っていたなら僕は、もうこの手を離せない。
「だから私と郁は、ひとつです」
あぁ、その言葉だけで、僕は、
重ねた指先からひとつになる
(もう)
(離れられない)
素敵企画"秋薫る、くすぶる恋"様提出
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