僕の傘はいつのまにか消えていた。だから、未だに強く降り続いている雨は僕を濡らしている。まだ夏前だし、それに加えてもうすぐ夕方。寒い。寒い。手を見てみたって震えているのか雨があたってるだけなのかわからない。いつ色を変えたのかも知らない服は普段の何倍も重くて動くのを煩わせた。
おかしいな。ほんとなら今頃は月子と一緒に出かけていたはずなのに。出かける、といってもデートとかそんなお洒落なものじゃなくて僕が強引に呼び出しただけ。月子には"女にあげるものを見立ててもらいたい"と僕がいる場所を伝えて電話を切った。月子が僕に好意を持っていることも知っていたから、絶対に来るという確信があった。あった、はず、なんだけどな。どこで間違えたんだろう。月子の予定も聞かずに誘ってしまったところ?少し恥ずかしくて"月子に"じゃなくて"女に"っていってしまったところ?けど月子は来るよね?と聞いたら、うんっていった。そうだよ、いったじゃないか。それなのに、それなのに。結局月子は2時間経った今も来ていない。朝から降っていた雨は弱くなるどころか威力を増すばかり。そんな中で待たせるなんて月子もやっぱり"女"なのか。きっと持っていたはずの傘みたいに勝手にどっかにいっちゃうんでしょ?月子は違うって思いたかったのにな。いや、思っていたのに。
自分を誤魔化すように震えているであろう手で、濡れて前が見えなくなった眼鏡をポケットにいれた。たったそれだけなのに、疲れたな。
月子、月子。君はよく僕にずるいというけれど、君のほうがずるいよ。僕よりもずっとずっと。僕はずるい女は好きじゃないんだ。だからこのままだと君のこと、嫌いになってしまうよ?それが嫌ならはやく来てよ。来たらまず僕に傘をちょうだい。次にその小さな両手で僕の手を握って。最後に、ねぇ、ごめんねっていって。そしたら僕は許してあげるから。嫌いにならないであげるから。
はやく、来てよ。
雨の中
もう一度君に触れられたら
それだけで
(君の足音が)
(聞こえない)
100517