目を閉じれば、風と葉と水の音。澄んだそれらの音は消えていくかのように聞こえてくる。見上げれば、たくさんの緑が広がりその葉の隙間から光が差し込んでいる。そんな中を月子と2人たまに会話をしながら歩いていた。


「随分、歩きましたね」

会話の途中、繋いでいた手を少し引いてから月子は止まった。きっと疲れたのだろう。息があがり肩で呼吸をしているようにみえる。やっぱり、女のこいつには少しきつかったか。それでもこいつを連れていきたかったんだ。俺の、大切な場所へ。見渡す限り緑が続くこの道は俺の大切な、今となってはほとんどかすれてしまった家族との思い出の場所に繋がっている。あともう少しで着くんだけどな。無理させるつもりもないし、休ませるか。

「あぁ。わりぃな疲れただろ?少し休もう」
「だ、大丈夫です!急がなきゃいけないみたいですし、そんな、」
「いいんだよ。ほら、あっちにいい感じの木があるぞ」
「で、でも……」

月子の言葉を遮るように力を抜いていた手を強く握り直し引っ張る。こいつは星月学園を卒業して数年経った今も俺に遠慮をしがちだ。男の俺としちゃもっと甘えてくれた方が嬉しいんだが。いかんせんこいつはなんでも自分の内で解決しようとする。いいことっちゃぁいいことなんだが、やっぱ彼氏としては少し悲しくも思う。まぁそこも月子のいいとこの一つだから直せ、とはいわないが。せめて俺の前くらいでは………と思う。

座るのに丁度良い感じの木のとこまで月子を引くと、腰にまいていた服を根っこのとこに敷いてやってからそこに座るよう指を差して先に腰を下ろした。

「おら、座れ」
「え、あ、でも、」
「だーから、遠慮すんなっての。服なんか洗えばいいんだからよ」

少し強めにそういうと、わかりましたといって座っていた俺の隣に月子はしゃがんだ。よしよし、と思っていると月子はこともあろうに俺が服を敷いてやったとこじゃないとこに座りやがった。しかも服をたたみだす始末。おいおいおい。せっかく俺が紳士っぽく敷いてやったのに。なんだそりゃ。

「おい、月子。なーんでそう座る」
「?服は洗えばいいんじゃないんですか?」
「……………………」

わかりましたってそっちのことかよ。それは俺の服の場合であって月子の服は洗うとか関係ないっての。わかってくれ頼むから。はぁ、と一つため息を吐いて服の結びをとるために一度離した手をもう一度握る。そうすると月子は驚いたのかぴくりと反応をした。そんなのはお構いなしに手を引く。隣、というよりは俺のななめ前にいた月子は手を引くと俺の方に倒れてきた。そのまま膝裏に片手を入れて軽く持ち上げる。まぁ所謂お姫さま抱っこのような感じに月子を持って、あぐらをかいていた俺の足の上に乗せた。そんな中、月子は目を見開いて何が起きたのか理解できていない感じの表情をしていた。ざまぁみろ。

「かかかかかず、き、さん………!」
「んー?なんだ?」
「い、いきなり、どうしたんです、か?」
「言う事を聞かないお姫さまにお仕置きだ」

自分が今どうなっているのか理解した月子は一気に顔を熱くした。別に周りには人一人いやしねぇんだから恥ずかしがる必要ないんだが、そこも月子らしい。が、赤くなり少し固くなった月子の足の方をみて焦る。とりあえず月子の手から俺の服を拝借して膝にかけてやる。ほら、なんだ。今日の月子はワンピース?のような服を着ていたから。少し乱暴に俺の上に座らせたせいかスカートがほんのちょっと、めくれていたんだ。まだそのことに月子は気づいていないから、気づかないうちに隠しとかねぇと月子が気づいちまったらきっと蒸発しちまうだろうだろ。

「一樹さん?どうか、したんですか?」
「いや、なんでもない」

言ってすぐに口に手をやり多分少し赤くなったであろう顔を隠す。まずいまずい。こんな顔をみられたらバレちまう。あー、何も考えるな何も考えるな。意味がわからないといいたそうな月子のことも気にするな。気にしたら負けだぞ俺。


「一樹さん」

しばらく一人でぐるぐると思考を回しているとふいに月子が手を繋いできた。その時になって自分の行動に反省した。何やってんだ、俺は。

「わりぃ月子」
「大丈夫ですよ」
「いや、でも………!」
「だってお仕置きなんでしょう、一樹さん?」

さっきそういってたじゃないですかと月子は笑った。その表情に心臓を掴まれる。それならなんで手を握ったとかなんで名前を呼んだとか、言っちまえることはある。けど、言おうとは思わなかった。だってなぁ。月子は笑った。でもどこか寂しそうだったんだ。きっとこんなことしちまうから月子はいつまで経っても遠慮をすんだろうな。

せっかく今日は月子に、俺が親からもらった思い出をやろうと思っていたのに。自分でそれを台無しにしちまいそうになってるなんて。


「ここは、」

また黙っちまった俺に、また月子は話しかけてくる。ん?と出た声は自分でも沈んでんのがわかるくらい、静かだった。

「静かなのにあざやかですね」
「あぁ、そうだな」
「すごく、楽しいです」
「そうか」
「連れてきてくれて、ありがとうございます」

その言葉には何もいえなかった。甘えてたのは、俺、か。そうやって月子が笑う度にそれに甘えて。あの頃と変わらずガキのままな俺。いつになったら大人になれんだろうか。

「月子」
「はい」
「今何がしたい?」
「今、ですか………………それじゃもう少しここにいたいです」

そっかと答えて俺の上に座る小さな体を抱きしめる。もう少し、もう少しだけ。きっと大人になってみせるから。今は俺を見ないでほしい。そうだな、あと10分このままでいたらまた歩き出そう。思い出のあの場所まで。今度は月子以外のことを考えないように深く指を絡めて。ただ月子の笑顔を思って。ゆっくり、いこう。


木漏れ日の音がしますねと呟いた月子の頬にキスを落として、目を瞑った。





木漏れ音
(それはまるで)
(お前のように)
(降り注ぐ)





100516



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