サンプリングのお仕事


橘黎斗は緊張した面持ちで目の前の扉を見つめていた。扉には喫茶店ポアロと書かれている。つい先日コナンと安室から依頼を受けた時に訪れていた喫茶店だ。

時刻は21時を過ぎた頃。いつもなら夜間の工事現場でガードマンか、もしくは店長の居酒屋でアルバイトをしている筈の時間帯だが、例の美女の依頼のおかげで突然発生した長期休暇中の為、そしてとある事情により喫茶店ポアロの前にこうして突っ立っている、のだが……まだるっこしいので結論から言おう。


黎斗は安室の依頼を断れなかった。


あんなに断ろうと決意していたにも関わらず、結局断れなかった。その原因は依頼内容にあった。

メッセージアプリで伝えられた安室の依頼内容は「喫茶店ポアロに出す新商品のサンプリングに付き合って欲しい」ということだった。

サンプリング、つまり試食である。

食べ物の誘惑に弱い黎斗がその依頼を断れるはずがなかった。どんなものがどれくらい出されるのか分からないが、無償で夜ご飯を食べられることは確実な上、しかも依頼報酬として現金も支給される。あまりにも美味しすぎる話に秒で快諾の返信をしてしまっていた。ポン、と送信された自分のメッセージを見て我に返ったが、消そうと思った時には既に既読が着いていた。自分の食への執着心をここまで恨んだことはなかった。

自分でやりますと返信した手前、今更引き返すことも出来ない。それこそ信用問題に関わる。いくら依頼主が気まずい相手とは言え、そこの線引きはしなければ。

そういう事情により、指定された時間通りに指定された場所までこうしてやってきた。ものすごく帰りたいと思う反面、夜ご飯を納めていない腹は早く何か食べさせてくれと欲望に忠実で腹の虫を鳴らしている。人間の三大欲求と数えられるだけはあるなとしみじみ実感した。

お腹が空いた時のひもじさは黎斗にとって何事にも耐え難い苦痛だった。帰りたいと思っている今も、少しずつ欲望の天秤が「帰りたい」から「腹を満たしたい」に傾きつつある。ご飯を食べて感想を言うだけの仕事なのだし、ちゃっちゃと終わらせてしまおうとすら思い始めていた。食欲の強さに深々と溜め息を吐きつつも、覚悟を決めて扉を開いた。

依頼主の安室は店の片付けをしていたのか、布巾を片手にカウンター近くに立っていた。どうやら店員は安室だけらしい。

「黎斗君、いらっしゃい」

向けられた朗らかな微笑に踵を返したくなる衝動に駆られたが踏みとどまった。というより、食欲がそれを許さなかった。腹を満たすまでは帰れないぞと腹の虫を鳴らして主張し、それが聞こえたのか、安室が「こちらへどうぞ」とカウンター席に誘導してきたので大人しくそこへ座った。嗅いだことのある香ばしい香りがふわりと鼻をくすぐり、思わずきょとりと瞬いた。この匂いは一体なんの料理の香りだったか。

「今ちょうど焼き上がるところですから。ちょっと待っててくださいね」

そう言って安室がカウンターの奥へと入っていく。その間も香ばしい香りは鼻をくすぐって腹の虫を誘惑した。手作りのサンドイッチがあれだけ美味しかったのだから、きっと安室は料理上手なのだろうとは思うが、果たしてどんな料理が運ばれてくるのやら。

カウンターを挟んだ向こう側で安室が手馴れた動きで何かを盛り付けている光景をぼうっと眺めて待っていると、アイスブルーの瞳がこちらを見た。

「この休み中はゆっくり出来ましたか?」

「えっ……あ、はい……ゆっくり、出来ました」

突然始まった会話に驚いたものの、無難な答えを返すとアイスブルーの双眸が僅かに細められ、「それは良かった」と優しげな微笑を向けられた。

「黎斗君、大人でも目が回りそうな日々を過ごしてますからね。たまにはこういう休息も必要ですよ」

仕事の一環で調べたらしい黎斗のアルバイト事情を思い出しているのか、苦笑気味に告げられたその言葉に曖昧に笑って応えた。

アルバイト漬けの生活を送るようになって数年は経つが、1週間も仕事から離れるのは初めての経験だった。正直落ち着かないというのが本音だ。規則正しく時間に追われる生活リズムが体に染み付いてしまっているらしく、新聞配達のアルバイトが無いと分かっていても早朝に目が覚めてしまうし、夜の居酒屋や工事現場のガードマンのアルバイトが無いと分かっていても夜中まで目が冴えてしまう。しっかり休もうと、のんびりしようとは思っているのだが、借金の事が頭から離れなくて何かをしていないと落ち着かないのだ。期間限定の内職でも始めてみようかとすら真面目に検討した程だ。

「長すぎる休みも考えものですよ。落ち着かないっす」

そう苦笑すると、安室が微苦笑を浮かべた。

「休めるときに休まないといつか体を壊しますよ。それでなくとも君は体を酷使しているんですから」

そう言われて自分のアルバイト事情を振り返ってみたものの、今のアルバイトの中身は大して体を酷使するようなものは無い。一日の時間をフルに使ってそれぞれのアルバイトが被らないようにギリギリで掛け持ちはしているが。そういう意味では確かに、体を酷使しているかもしれないと内心独り言ちつつテーブルへ視線を落とす。

しかし、そうでもしないと借金は返済できない。何でも屋の仕事でも、美女の依頼のように報酬が弾む内容はそうそう無いし、できることなら、例えどんなに危うい仕事でも大金を稼げるのならそちらを優先したいとすら思う。今のままでは完済までに何年かかるか分からない。父親の残した借金はそれぐらい残っている。一刻も早く借金から解放されたいと思いつめ、一時は体を売ることも真面目に考えた。借金返済を迫ってくる人達にも唆され、危うくその道に足を踏み入れかけたのだが、店長に考え直せと真剣に説得されて何とか踏み止まった。しかし、今でも偶に、頭の片隅を過るのだ。

借金を減らせるのなら手段を選んではいられないのでは、と。


「黎斗君」


タン、と目の前に音を立ててお冷が置かれた。物思いに沈んでいた為か、その僅かな音が爆音に聞こえて肩が跳ね上がり、目の前に現れたそれに視線が釘付けになった。目の前に置かれたグラスの中で水がチャプリと音を立てて揺れている。その水面の揺れがいかに荒っぽくお冷を提供されたかを物語っている。

居酒屋のアルバイトでお冷を出すときは零さないように静かに置きなさいと教わっていたこともあり、働く時間帯は違えど同じ飲食店のアルバイトで、しかも気遣いに長けた彼が今のように荒っぽくお冷を置いたことが意外に思えた。

恐らく、わざとだ。敢えて音を立てるようにして置かれたのか。しかし、何故。その意図を測りかねて、咄嗟にお冷を置いた安室を見上げると、真剣な眼差しが真っすぐにこちらを見下ろしていた。あまりにも真っ直ぐなその視線に戸惑い、思わず逸らしかけたが「黎斗君」と再び名前を呼ばれて、留まる。

「人は、追い詰められると視野が狭まっていきます」

今の君のように。

まるで、こちらの考えを見透かしているような。思わず息を呑んだ。なんで、と思わず言葉を発したものの、続く言葉は喉の奥で沈んだ。こちらを見下ろすアイスブルーの双眸が、揺れている。真っすぐなその眼差しに、澄んだ海の底のような美しいその瞳に強い感情のようなものが滲んでいるのに気付いた。何かを訴えかけているようにも、堪えているともとれるその瞳は驚いた様子の黎斗を鏡のように映し出して、揺れて、瞬いた。

次の瞬間には、人好きのする優しい薄っぺらな微笑が黎斗を見下ろしていた。

「今の黎斗君、思いつめた顔してましたから。僕でなくとも、今の君の顔を見れば誰だってわかりますよ。何かに悩んでいるんじゃないかって」

朗らかにそう言われて、咄嗟に顔を触る。そんなに思いつめた顔をしていただろうか。思わずしかめっ面になって安室から視線を逸らし、溜息を零しそうになって堪えた。どうやらまた心配されてしまったようだ。この前も心配されて怒られたなと、静かに怒っていた安室の様子をふと思い出し、寒気が背筋を走る。

またあの時みたいに怒られるのは勘弁だと、慌てて謝罪の言葉を口にした。

「すみません、ちょっと考え事をしてて」

頭の片隅にちらつく借金のことから気を紛らわせようと、出されたお冷を呷るようにして喉に流し込む。程よく喉に染みわたるその冷たさが心地よくて、そっと息を吐きだした。今も尚こちらを観察するように真っすぐに見つめてくるアイスブルーの双眸が何とも居心地悪く思えて、気不味いなぁと心の中でぼやきつつも、無理やり愛想笑いを浮かべた。

「慣れない長期休みにちょっと脳みそがバグったみたいです」

「……疲れが取れていないんでしょう。あのひとからの依頼は大変そうですね」

「え?あ、あぁ……大変というか……まぁ、そうですね」

どうやら、美女の依頼の疲れが取れていないと思われているらしい。本当は借金のことで悩んでいるのだが。主に返済方法で。

まぁ確かに、この間の美女の依頼は下手したら犯罪履歴が残りかねない仕事だったなぁ、と思わず遠い目をしてしまった。いや、仕事内容は全く犯罪ではないのだが。問題は買い物をする場所と自分の立場がちょっとアレなだけであって。美女はひたすら楽しそうだったが自分は緊張し通しで気疲れが凄かった。まぁその分に見合った報酬は貰ったが。いやむしろ貰いすぎているかもしれない。貰いすぎてるので返そうという殊勝な心持ちはこれっぽっちも持っていないが。

「その分報酬は弾みますから、正直有難いとは思ってますよ」と思っていることを馬鹿正直に告げると、アイスブルーの瞳が僅かに細められた。

「ホー……何時ぞやの依頼の時のように複数の人に追いかけられるような仕事でも、ですか」

「あれは……まぁ、その、正直言うともう少し普通の、平凡な依頼を受けたいですけどね……見合った報酬は頂いてますし、こちらも助かってるところありますから。ハイリスクハイリターン、ってやつですかね」

そう苦笑すると、安室の薄っぺらな微笑が一瞬だけなりを潜めて、限りなく無に近い表情で彼はポツリと呟いた。

「──あまり、彼女に関わらない方がいい」

「え、」

思わず目を見開いた次の瞬間には、いつもの薄っぺらな微笑が甘く整った端正な顔を彩っていた。

「この間のように突然の依頼でも、なるべく受けないほうがいいですよ」と妙に気になる言葉を放ち、安室が奥へ姿を消す。向けられた言葉に一瞬だけ思考が止まったものの、直ぐに脳内で突っ込んだ。いや、前回は拒否権も無く連行されたんですけど、と。

まぁ、安室にそう非難しても仕方の無いことだ。というかとてもじゃないが言えない。下手したらパスポートも無いのに花の都パリに不法滞在したことが芋づる方式で聞き出されかねない。沈黙は金だ。そう自分を戒めて口を真一文字に引き締めた。

安室は直ぐに帰ってきた。両手にミトンを着用し、いかにも熱そうな深皿の何かを持ってくる。店内に漂っていた香ばしい香りがいっそう濃くなって鼻先を擽り、それまで大人しくしていた腹の虫が大きく鳴った。相変わらずその香りの正体が分からないでいたのだが、安室がテーブルにその料理を置き、その全貌を目にして漸くその匂いの正体を知った。

「グラタン、ですか?」

「えぇ。ドリアにしようかとも迷ったんですけど、ひとまずグラタンから始めてみようかと思いまして。こちらは付け合せのサラダです」

いかにも焼きたてと分かるグラタンはクツクツと音を立て、ところどころこんがりと狐色に焼かれたチーズの香ばしい香りを纏った湯気を燻らしている。遅れて出された小皿には緑の色彩が目に優しいグリーンサラダが盛られている。ドレッシングはもうかけられているらしい。

グラタンなんて何時以来だろう、と感慨深い気持ちになりながら「いただきます」と両手を合わせてから用意されたスプーンを手に取り、小さく1口分を掬うと、サクリと軽やかな音を立ててスプーンがグラタンへ沈む。どうやら表面にはチーズとパン粉の薄い膜が張ってあったらしい。ところどころきつね色の焼き目がついたそれは見た目はいたって普通のグラタンのように見える。いかにも熱そうなそれに息をふきかけ、少し冷ましてから口に運んだ。

正直、スプーンを口の中に運ぶまでは、グラタンはどんなに中身を変えても味はどうせ一緒だと思っていた。ホワイトソースに味の違いは無く、どれも平等に美味しいに決まっているだろうとすら思っていた。


舌がグラタンの味を感知した瞬間、背筋に衝撃が走った。


自分は一体何を口にしたのだろう。ふとそんな考えが頭に過ぎる。グラタンを口にしたはずだ。だが、これは本当にグラタンなのだろうか。口いっぱいに広がる甘くまろやかな、チーズとパン粉のサクサクとした皮を纏った深みのある絶妙な美味しさのホワイトソースが自分の中のグラタンという料理の概念を破壊していく。グラタンってこんなに美味しかったっけと思わず真顔になった。グラタンを食べたのは数年ぶりとも言っても過言ではないくらい久しぶりに食べたはずなのだが、少なくともこれだけは言える。もしこれがグラタンだと言うのであれば、過去に食べてきたグラタンはグラタンではなかった。グラタソだ。

口の中のグラタンを嚥下し、また1口、口の中へグラタンを運ぶ。今度は海老が入っていてプリっとした歯応えがあった。それだけでは無い。どうやら海老には下味が付けられていたのか、ホワイトソースとはまた違った旨味が口の中にじんわりと広がる。ホワイトソースを邪魔しない調和の取れたその味付けに言葉も出ないほど感動した。美味い。美味すぎる。どの具材を食べてもこのグラタン美味しすぎる。夢中になってグラタンを口元へ運んでいると、安室が少し困ったような声色で声を掛けてきた。

「あの、黎斗君……?」

名前を呼ばれ、スプーンを動かしていた手を止めてそちらを見た。咀嚼している最中なので目線で「何ですか?」と問いかけると、それを理解したらしい安室が眉を八の字にして口を開いた。

「えぇっと……味付けは如何ですか?」

安室の言葉で自分の果たすべき依頼内容を思い出した。慌てて口の中のグラタンを嚥下し、思いつく言葉をそのまま述べた。

「とても美味しいです。具材にもホワイトソースとは違った味付けがされてて食べ飽きないです」

「予め具材に魚介類ベースの出汁で下味をつけてからホワイトソースに入れてみたんです」

好評みたいでよかった、と目元を緩ませて微笑する安室をマジマジと見つめた。薄っぺらな笑みではないそれは、安室本来の、心からの微笑のように思えた。思わず、こんなに素敵に笑えるのになぁ、と心の中でしみじみ惜しんだ。

いつも人当たりの良さそうな爽やかな微笑を浮かべているが、こちらの微笑の方が遥かに好感を持てる。普段の爽やかな微笑が駄目という訳ではないのだが、どうにもあちらの笑い方は目元が笑っていないように見えて、何を考えているのか分からなくて胡散臭く思えてしまい、どうにも近寄り難いというか、まぁ正直に言ってしまうと苦手なのである。

あと、前回怒られた時の冷えた表情と眼差しが重なって見えるというのも理由の一つだ。すっかりあの時の安室の様子がトラウマになってしまった。

この微笑で話しかけられたらあの怒った時の安室のイメージが払拭されて普通に応対できるんだけどなぁ、とぼんやり惜しんでいると、安室が不思議そうに小首を傾げた。

「……どうしました?」

正直に答えたら先程の微笑には二度とお目にかかれない気がして、咄嗟に首を横に振っていた。

「いえ、何も……グラタン美味しいなぁと。これが食べられるならここに通いたくなりますね」

そう言ってグラタンへ視線を落とし、また一口、それを口へ運ぶ。相変わらず美味しい。口いっぱいに広がるグラタンの美味しさに目を細めて再び感動していると、笑みを含んだ安室の声が耳に入ってきた。

「……このグラタンがメニューに正式採用されたら、黎斗君はポアロに通ってくれますか?」

グラタンから目をそらさず「ん?んー……まぁ、たまのご褒美になら」と生返事でそう返してしまう程度には、安室の作るグラタンに心を奪われてしまっている自分がいた。

このグラタンを食べられるなら、月に1度くらいならここに通うのも悪くは無い気がした。それくらいの頻度なら借金返済にそこまで負担は掛けないだろう。借金返済で追い詰められそうになるメンタルのリフレッシュにもなるに違いない。これくらいの贅沢ならば、何とかなるか。

気がつけば真面目にポアロへ月一で通うことを検討している自分がいて、グラタンを食べ終わってグリーンサラダを手に着けている途中でふと我に返った。いやいや待て。"あの"安室透のいる喫茶店だぞ、と。

ポアロに通うようになってしまったら美女の依頼の話について首を突っ込まれそうだ。先程言われた「依頼はあまり受けない方がいい」という会話から察するに、恐らく安室は美女について何かを知っているのだろう。確か、自分に初めて接触してきた時も探偵業のとある依頼で美女のことを調べていて、それから橘黎斗という存在に辿り着いたとも言っていた。

美女について何かを知っている故の警告の言葉なのだとは思うが、彼女からの依頼を達成すると破格の報酬を貰えることを知ってしまっている今となっては安室の言葉には素直に従えない。美女からの依頼が月に一度あるのと無いのとでは借金返済のノルマ達成度が断然違う。依頼内容は今のところまともなものは何一つとしてないが、それでも自分に出来ることなら出来れば請け負いたいと前向きに検討するぐらいには必要な依頼のひとつなのだ。

今は美女からの依頼の有無についてだけ報告するという事で落ち着いてはいるが、そもそも、果たしてその約束はいつまで守ってもらえるものなのか。2回目の依頼の際には、自分の姿が見当たらないと心配して米花町中を駆け回って探したという行動力の持ち主でもあるようだし、もしかしたらそのうち、美女からの依頼について何か仕掛けてくるという可能性もある。それでもしも美女からの依頼が今後無くなってしまう事態に陥ったとしたら、と考えるだけで恐ろしい。

無論、安室が悪い人ではないということは分かっているつもりだ。美女がただの一般人でないことくらい流石に分かってはいる、けれども。それでも、自分にとっては美女も大切な顧客の中の一人だから。

せめて、借金返済が終わるまではそっとしておいて欲しい。そんなささやかな願いを胸に恐る恐る安室へ視線を向けると、ニコニコとどこか上機嫌そうに微笑んでいる彼がこちらを見つめていた。貼り付けたような笑みではないのだが、その微笑があまりにもご機嫌すぎて動揺した。ご機嫌の理由が全く検討もつかない。未知のものに遭遇した心地で怯みかけた。

もしかして、サンプリングとして提供されたこのグラタンも定期的に自分をポアロへ通わせる為の餌でそれに見事引っ掛かった自分を見て「罠にかかったな」とでも思っているのだろうか。食に弱いことはもうバレているようなものだし、もしかしたらそうなのかもしれない。なんて事だ。

思わず頭を抱えそうになったところで安室がにこやかに告げてきた。

「グラタン、正式採用を検討してもらえるようマスターにお願いしてみます。なので、」


採用されたらぜひ食べに来てくださいね。


生返事だろうが来ると言ったことはしっかり覚えてるからな言質はとってるからな、とでも言いたげに圧を帯びた爽やかな微笑を向けられて悟った。だめだこれ逃げられねぇ。迂闊に生返事を返してしまった数分前の自分をボコボコに殴り倒したい衝動に駆られた。しかし、それが出来たとしてもう後戻りはできないことは安室の顔を見れば明らかだった。


圧に気圧されるようにこくりと小さく頷きつつも、どうかこの美味しいグラタンが正式メニューとして採用されませんように、と心の底で必死に嘆願した黎斗だった。


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