われが娶れば問題なかろ?






男女の違いとは、と言われてまず浮かぶものは何だろう。




まず見た目だろうか。オブラートに包んだ言い方をすれば、女性は平均的に体のラインが丸く柔らかく、男性は平均的に体のラインが硬いように思える。

見た目以外にも違いはある。例えば考え方の違い。まぁこれは掘り下げていけば男女の違い云々の前に個人の差にもよるので、具体例として上げるのは間違っているかもしれないだろうが。しかし敢えて上げるならば、男女の“話”についての認識の違いだ。男は要件を伝えるために話しをするが、女はコミュニケーションを取るために話すという話を聞いたことがある。

とまぁ、細かい違いを上げていけば両の手では数え切れないかもしれない。一人で考えるだけでなく他者も巻き込んで考えていけばもっと出るだろう。

それくらい男女には差があり、個性の違いが現れる。


しかし意外にも、全く異なるはずの見た目を誤魔化せることもある。


見た目の男女の差はかなりある。しかし、視覚で捉えられるその情報を頭で理解していても、その違いを上手に隠し、異なる性へ変装した人物を全く事情を知らない第三者に見せても、本当の性を見破られないことがあるのだ。

さらに思い込みを利用すればその成功率は上昇する。例えば何も知らない第三者に事前に「これから会う人物は男性だ」と情報を与え、実は男に変装させた女性を会わせてみても事前に与えられた情報を鵜呑みにし、かつ変装の見た目通りに視覚で捉える情報を信じて目の前の人物は男性だと思い込ませることができるのだ。


大いに違うと理解していたはずの男女の見た目は、こうしていとも簡単に偽ることが可能なのである。








例えば、そう、その成功例を挙げるならば私がそうだろう。


私は十何年前までは平成の平和な世に生まれたごく普通の女子だった。

しかし何かの拍子にタイムスリップとやらを体験してしまい、無情な戦が横行する戦国時代へに放り込まれてしまった。しかも少し若返って。本来であれば戦う術を知らない平和呆けした小娘など戦の世では直ぐに野垂れ死んでもおかしくなかったのだが、幸いなことに面倒見の良い好々爺に拾われ、挙句に有名な戦国武将の養子になって生き延びることができた。

しかし、ここで冒頭の問いかけが意味を成すことになる。

私を養子にした戦国武将は何をどうトチ狂ったのか、女子である私を男として養子に迎えたのだ。

お陰様で本当の性は女子であることを周りに隠し、男として生きることになってしまったのである。

悲しいことに見た目の女性らしさが年頃の女子よりも発達が遅かった為か、案外上手く男子へと変装できたことは不幸中の幸いと喜ぶべきなのだろうか。少なくとも養父は喜んでいたが変装する本人としては悲しくて堪らなかった。

とにかくまぁ、今のところ誰にも本当の性を見破られずに十何年生きてきた。

もはや私の本当の性を知る人はいなくなった。好々爺は病で亡くなり、養父もまた病で亡くなった。養父の友であり、上司であった国主も亡くなった。私の周りには偽りの性の私しか知らない人だけが残った。

十何年も男として振る舞い、男らしく生活をしていれば、例え成人男性よりも小柄で華奢な体つきをしていたとしても周りが勝手に私を男だと認識してくれた。

このまま後何十年も男して生きていくのだろうと、もう女としての生活を諦めていた。







諦めていた、のだ。確かに。









家族同然とも言うべき友、吉継も私を男として見ていた人の一人“だった”。

何故過去形なのか。


「なまえ、主、」


目の前には目を見張らし、こちらを信じられないといった面持ちで見つめてくる友人、吉継。

相対する私は、城下町に偵察に行く時の変装として度々使う町娘を装った着物の格好をして固まっていた――否。


町娘に変装する過程の姿で固まっていた。


具体的にどんな格好をしているのかと言えば、いつも身に纏っている喪服を脱ぎ、下はポルトガルとの貿易の際に輸入した女性用パンツを履いているものの、さらしは取り払い、何も身に着けていない上半身に薄い白の肌着を羽織り申し訳程度に胸部を隠しているという何とも破廉恥極まりない格好。

そもそも何故このような事態に陥ったのか。それは書類仕事が珍しくあっという間に終わり、少し余った時間で久しぶりに城下町の様子を見に行こうと思い立ち、ならば善は急げと早速着替え始めたところで急に障子が開いたのである。

中途半端に開いた障子の向こうにはこれまた珍しく頭巾を中途半端に被り包帯も口元しか覆っていないという半ば素顔を晒している吉継が、何故だがいつもの浮いた御輿に座り込んでおらず、杖を頼りに立ち尽くしていた。

着替えている最中の姿をよりにも友の吉継に見られたショックに思考がまとまらず、何故今日の吉継は御輿に乗っていないのだろうか、等と思考が現実逃避を始める程度には目の前の光景と今自分が置かれている状況を信じがたく、また混乱していた。

お互い暫く何も言葉を発せず互いの姿をガン見していたのだが、先にふと我に返ったらしい吉継が珍しく狼狽えた様子で冒頭の発言をしたのだ。


その発言に漸く私も我に返った。


とりあえず肌着の前を掻き合わせ下に落としていた腰紐で腰周りを縛り肌蹴ないように固定し、障子の向こう側にいた吉継の手を掴んで中へ引っ張り込む。焦っていたこともあり、強引に引っ張ったせいで人一人が通るには少し狭い程度に開いていた障子に吉継がぶつかって少し大きな物音がでたが、人が来ないうちにと障子をピシャリと閉めて耳を欹てる。五秒ほどそうしていたが特に何も聞こえてこなかったので侍女達には先ほどの物音が聞こえてこなかったのだと少し安堵した。

そうして部屋の中へと乱暴に招いた客人、吉継に振り返った。

彼は先ほどの狼狽した姿とは打って変わった様子で落ち着いていた。しかしいつもの飄々とした面持ちではなく、真剣な眼差しでこちらを見ていた。その表情から吉継は私の本当の性別を察したようだと直ぐに理解した。

まぁ、さらしはしてないし、申し訳程度とは言え胸の膨らみもあるし、薄い肌着の上ではその申し訳程度の膨らみも分かってしまうのだから仕方のないことなのかもしれない。それに何より聡い彼のことだから体付きも見て理解してしまったのだろう。

改めて認識した自分の失態に自然と溜め息が零れおちた。

「……半兵衛さんに殺される」

「……ほう。賢人殿も承知か」

吉継の双眼が細められ、刺すような視線に耐えられず視線を上へ向ける。吉継はどうやら怒っているらしい――いや、そりゃあ怒るよねぇ。長年の付き合いなのに本当の性別を隠されていたなんて、吉継を信用していなかったと言っているようなものだ。

「知っているのは、半兵衛さんと秀吉様、私を育ててくれたお爺ちゃんくらいなものだよ」

「――皆、黄泉の国か。われも黄泉へ誘われるか?」

発言だけをみればどこか楽しげではあるが、声音は淡々としている。しかも表情は怒っている時によく見られる無表情。頭巾で顔が隠れておらず、また包帯も口元だけを覆っているだけの状態故によく表情が見えるので、より一層吉継の感情が手に取るように分かってしまって辛い。

ものすごく、彼は怒っている。

「えー、と。とりあえず、これって竹中家の皆さんも知らない事実でね。無論三成だって知らないし、生きている人でこのことを知っているのは誰もいない、んだよね。他国に知られても困るし。半兵衛さんにも生涯このことは知られないようにってきつく言われてるし。えーと、だから……」

黙っていて欲しい。

言うのは簡単だ。しかし、友に対してこんな言い方をするのは気が引ける。無論、吉継がおいそれと簡単に人に言うような人ではないことも分かっている。

だが、と脳裏で誰かが言う。何かの拍子に彼からバレてしまってはどうすると。

十何年間、半兵衛さんに守るようにときつく言われてきた経験が警戒心を育んできた。その心が警告を発しているのだ。

しかし、それはまるで吉継を信用していないと言っているようで後ろめたさが湧く。

その後ろめたさが頭に重く伸し掛ってくるようで、だんだん吉継の顔を見れなくなり視線が下に落ちる。

あぁ、よりにもよって何故今、彼にバレてしまったのか。“全て”が済んだ後のことであれば後継者達である部下に仕事のことは全て任せ、ひっそりと姿を消すなりして豊臣軍から抜けられれば豊臣軍が、大阪の国が他の国に舐められることなく済んだかもしれないのに。

そんな考えが頭を過ぎった時、目の前の畳に影が落ち、フワリと柔らかな布の感触が肩に、背中に、全身に触れる感触がした。

驚いて顔を上げれば、至近距離で白黒反転した双眸と視線がかち合った。

しかし、フイと逸らされる。その顔は間違いなく吉継なのだが、どこかいつもと雰囲気が違うように見えて思わず首を傾げ、それから不意に視線を下に落とす、と、全身に触れた感触の正体を知った。先程まで着替えようと思っていた町娘の淡い紅の着物が肩から掛けられているのだ。

恐らく、というか確実にそんなことをしたのは目の前の吉継しかいないので、恐る恐る彼を見上げる。

相変わらず顔を逸らす吉継が、呆れ気味に囁いた。

「女子であれば、もう少し警戒せよ。業を患っているとはいえわれも男よ」


一瞬の思考停止。


吉継の言葉に違和感を覚えたものの、言葉の意味を理解しようとゆっくりと咀嚼して漸く自分の格好を思い出した。

そしてまさか友からそんな言葉を言われるとは思ってもみなかった不意打ちに熱が全身を駆け抜け、慌てて着物の前を掻き合わせ咄嗟に後退る。

と、背後の障子にぶつかって物音を立ててしまいそれがまた焦燥を駆り立てて、咄嗟に障子に背中を張り付かせた。

「あ、え、な、は、」

そんな私の有様に吉継は呆れ返っているようで、呆れた視線がこちらに向けられる。しかし、私の情けない姿が笑いを誘ったのか、直ぐに仄かな笑みを浮かべた。

「そこまで逃げられると返って追いたくなるのが男の性よ」

「なっに言って……!?だぁぁあもうっ!」

長年の付き合い故にからかわれていると分かってしまう分、恥ずかしさが沸き起こる。顔は熱いし全身も熱いし、何故こんなことになっているのやら。

思わず恨めしげに睨めば、吉継の表情が一瞬凍りつき、視線が逸らされて溜息を吐かれる。よく見ればその頬はほんのりと赤らんでいる。

恥ずかしがっている、のか?いや何故に?というかいつもポーカーフェイスの吉継がここまで表情を表に出すのは珍しいとついその顔に見入っていると、彼は器用に杖を使いあっという間に距離を縮めてきた。

驚き咄嗟に逃げようにも後ろは障子。横に逃げようと蟹のように足を横にスライドさせた瞬間、開いた足の間に吉継が体を割り込ませるようにスルリと入り込み、私の顔の横に片手を突いた。空いている片手は腰にしっかりと巻き付き、動けないようにすっかり固められた。

……え、なにこれ。何故私は吉継に壁ドンされているのか?

何故こんなことになっているのか混乱する思考と訳も分からず湧いてくる恥ずかしさから至近距離に近付いた吉継の顔が直視できず、視線が宙を彷徨う。

「お、お母様?何故こんなに密着しているのかしら……?」

「このような状況でも道化を演じるか。主らしいと言えば主らしいが……女子であれば奥ゆかしく否めばよかろ。それとも、」

吉継の口元に歪んだ笑みが浮かぶ瞬間を、視界の隅で見た。



「業を患うわれを、男と見れぬか?」



突然、冷水を浴びせられたような。

自嘲、ともとれる声音と笑みに自然と視線が吉継の顔へと向いた。

あんなに熱かった全身と頬からあっという間に熱が引く。寒いとすら感じる体感温度差にゾワリと背筋を寒気が駆け抜けたが、それすらも気にならない。

そんなことよりも。それよりも気にかけないといけないことは。


「――吉継。何か嫌なことでもあった?」


吉継が自分を貶すような自嘲をする時は、大概何かあった時だ。例えば、侍女達が噂する自分の業の話を偶々聞いてしまった時とか。それに自分でも気付かないうちに傷ついて、自分をさらに傷つけるような発言を無意識にするのだ。

業は伝染ることは希だと、吉継の業はそこまで進行していないといくら説明しても、昔から伝わる伝承や認識、噂話は根から消えてくれない。例え自国の民であったとしてもそれは同じ。吉継がこうして自嘲の言葉を吐く度に、自分の力不足だと思い知らされる。

「何を聞いたかは分からないけれど、君の病はゆっくりとだけど、進行は止まりつつある。君の病は人へ感染しないし、これ以上悪化しない」

顔を覗き込んで、そっと頬に触れる。

吉継がそれを避けるように顔を傾けるが、それを防ぐようにしっかりと頬を両手で包み込んで無理やり目を合わせる。

かち合った視線の中で吉継の眼に自嘲と拒絶を見、唇を噛みかけた。堪えて、笑みを向ける。

「私と三成が十何年間共に過ごしてきても、業にはかかっていないだろう?」

本当は手足だけ業に侵されているのに顔を隠すように包帯を巻くのは、少しでも人の視線に自分の肌を曝け出したくないからだと、長年の観察で理解していたつもりだ。

これだけ傷ついているのに、どうしてまだ傷つけようとするのか。他者への怒りと同時に湧いたのは、自分“達”だけでも彼を守らなければと思う庇護欲のようなもの。それはきっと吉継が嫌う同情なのかもしれないが、それでも彼を友として助けたいと思う心に違いはない。

彼のもう一人の友も、同じ思いで彼の隣に立ってきた筈だ。


「他の人の下らない噂話なんて気にするな」


白黒反転した目が僅かに見開いて、瞬き、視線を逸らすように伏せられる。

しかし逸らされる直前、その瞳に微かな戸惑いと安堵が入り混じったような情が浮かぶのが見えて、無性に切なくなった。

「主は、まこと、」

何かを言いかけた口が、溢れる言葉を遮るように閉じられる。

代わりに口元に浮かんだのは、少し歪な微かな呆れ気味の笑み。

「――己の貞操の危機でも、他人を慮るか」

「ちょ、他人って言わないの友人でしょうが、って、は?え?ていそ……?」

ハッと、自分の格好を省みる。さっきは咄嗟に着物の前を掻き合わせたが、今の自分の格好はどうだろう。帯はもちろん、帯紐すら使っていないものだから着物の前はだらしなく肌蹴ており、肌着をこれでもかと露出している。

しかもそんな格好な上に吉継と体を密着させており、頬をしっかりと両手で包んでいる。もしここに第三者が訪れたら間違いなく私が吉継を誘っている場面としか見えないだろう。

いや。いやいやいやいや。

慌てて吉継から手を離し、腰に巻き付いた吉継の腕を引き剥がそうと躍起になったが、如何せん離れない。吉継が面白がって力を込めているのだ。ここで男女の力の差を見せつけれられているようで悔しいが、先程の吉継の発言は冗談でも流せない破壊力があった為、今は何がなんでも離れて欲しい。自分の精神衛生面を守るためにも。

そしてまた誰かにこの格好をまた見られて本当の性別を知られるのは非常に不味い。これ以上秘密を知られてたまるか。あの世から関節剣を片手に微笑む半兵衛さんが迎えにいらっしゃいそうだ。

「よーしつぐぅぅぅううう離せってばぁぁぁああああこれ以上人にバレたら本当に半兵衛さんに化けて出られるから……!」

腰に巻きつく彼の腕を引き剥がそうとそう必死に訴えると、吉継が不機嫌そうに呟いた。

「――確かに、主のこの姿を他人に見られるのは不愉快よ、フユカイ」

「いや君の不愉快以前に私の為政者人生が掛かってるんだってば!バレたら私豊臣軍っていいうかこの国にいられないって!他の国に舐められるってば!」

まだ徳川との決着も済んでいないのにどうするんだと訴えようとした瞬間、突然身体がフワリと宙に浮いた。否、私の腰をしっかりと両手で支えた吉継の手によって持ち上げられたのだ。

突然の出来事に「男性ってこんなに軽々と女性を持ち上げられる筋肉あるんだなぁ、だとしたら筋肉隆々の元親とか男性すらも簡単に持ち上げられるんじゃないかなぁ」と一瞬の現実逃避をしてしまい、慌てて意識を目の前の現実に戻す。

いや何してるの何故持ち上げたとかいい加減放しなさいとか突っ込みたいことは山々だったのだが、吉継の浮かべる妖しい、どこか妖艶さを醸し出す意地悪そうな笑みを目にして全ての言葉が引っ込んだ。

「“他の人の下らない噂話なんて気にするな”、よ。それに、」



















われが娶れば問題なかろ?



















(………………は?)
(三成にも話を通そ。否、三成も混ぜよ。そうすれば万事解決よ、カイケツ)
(…………いや、いやいや)
(さて、花嫁衣装は何とする?そういえば、主がぽるとがるとやらから輸入した品の中に面白い衣装もあったなァ。うえでぃんぐどれす、と言ったか。あれは南蛮の花嫁衣装なのであろ?あれを着るのも面白かろ?)

(……どうしてこうなった……)




あの色々と暴走してすみません(土下座)
それどころか大分時間が過ぎてしまってすみません(土下座)
あの、このような品でよろしかったらどうぞ受け取ってください……き、気持ちは込めました……!!

ちなみにどうして吉継が殆ど顔を曝け出していたり急に夢主の部屋へ来たかというと、

お着替え中に自分の業病に対する悪い噂をする侍女の声を偶々耳にした
→聴き慣れてはいたけどやっぱり聞くと辛い
→「どうせ自分なんて……!」と自棄気味にもはや婆娑羅の力使うことも忘れてそこから逃げ出す
→無意識のうちに三成と夢主探す
→「あ、夢主の部屋近いんだった」とこれまた無意識に思い出して足が向かう
→目的地着いた喜びで声を掛けるのも忘れて障子を開ける
→ラッキースケベ/(^p^)\
という流れがあったりなかったり。

本当にすみません隊長……(スライディング土下座)




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