ハッピー・バレンタイン
※現代設定
※名前変換皆無
朝、一日の始まりにテレビを点けてニュースを見るのが私の日課である。
『今日はバレンタインデーです。プレゼントにお勧めのチョコレートは手作りでも簡単に作れるトリュフで――』
そんな日課のおかげで、今日が何の日なのかも分かった訳で。
「あ……」
朝のテレビを見ながら歯磨きをしていて(これも日課だ)思わず溢れた母音と同時に手元がお留守になってズゴッとほっぺの内側に歯ブラシが突っ込む――地味に痛い、いや凄く痛い盛大に。
しかしそんな痛みよりも気になる言葉が今、私の頭の中でグルグルと回っている。
バレンタインデー……世の中のリア充が人目も憚らずイチャイチャする日――いやこれは偏見だ、中にはリア充じゃない人も楽しむ日でもあるのだ、うん。
もとはバレンタインと言う名の牧師様が結婚することを許されなかったとある兵士のために密かに式を云々という日だったそうだが、恐らく昔の人と今の人とではバレンタインデーの捉え方が違うのではないだろうか。
とにかく、恐らく世界共通で二月十四日は特別な日だ。
日本だとチョコレートがよく関わる特別なイベントの日で、例を挙げるとすれば女子が好きな男子にチョコレートをあげて自分の想いを伝える、というのが最もポピュラーなイベントでもある。
最近では義理チョコと称して友達と手作りチョコを交換したり、お世話になっている人に感謝の思いを込めてチョコを渡すなどのイベントとしても捉えられているが……中には逆チョコなるものも流行っているほど、とにかくチョコというお菓子が活躍する日だ。
もともとバレンタインデーはチョコとは全く関係の無い特別な日で、どうして日本でチョコに纏わる特別な日となったかについては某お菓子メーカーの陰謀があり――何だか話が逸れまくっているのでここまでにしておこう。
とにかく、日本のバレンタインデー、特に学生達にとってのそれは友達と手作りチョコを交換して楽しむのが世間一般的な楽しみ方だ。
私も立派な一学生、勿論このイベントには友好関係にもよく関わってくる一大イベント故に、私も世の日本女子達と同じく手作りのチョコ作りに勤しみ、友人達とその日を謳歌する――、気でいたはずだった一ヶ月前までは。
「ごめん、チョコ作ってない」
私に降りかかった不幸を先ず一つ挙げるとすれば、バレンタインデーが平日だったこと。
その二、一ヶ月前まではしっかりと覚えていたくせに何故かその日が近付くにつれてすっかりバレンタインデーという存在を失念してしまっていたため、お菓子は甘いものよりしょっぱいもの派の私の家中を隅から隅まで探しても甘いお菓子代表でもあるチョコが一欠片も見つからなかったこと。
その三、
「……ほぉ?あの雑賀まで用意しておったというのに、主はわれと三成に一つも用意しておらなんだか。そうか、主は送る側ではなくチョコを貰う側の“男”であったか、それは知らなんだ、シラナンダ」
「……」
見た目はどう見ても「お菓子?んな甘いもの食えるかそれよりつまみ寄越せ」と言いそうな友人二人がまさかの甘いもの好き、今で言うスイーツ系男子と呼ばれる男子だったことだ。
恐らく朝からその時を待っていたのだろう、三つの休み時間を終えても昼時を終えてもまた一つの休み時間を終えて勉学が終わり、後は家路に着くだけだという時間になってまで彼等は無言で、それこそ視線だけで私にチョコの催促をしていたようだが人より気配やら視線やらに鈍い私がそれに気付く筈もなく、いやむしろ彼等が待ち望んでいるモノを持っていないが故に敢えて無視をしていたのだが。
放課後、部活もないしさて帰ろうと鞄を持った私の前に二人が立ち塞がり、そこで漸く「チョコはどうした」と言葉に出して私に催促をしてきた。
ばか正直に冒頭の台詞を言った瞬間、無表情だった三成は表情を変えないものの全身からションボリ感を醸し出し、吉継は背後に般若の面を従えて嫌みたっぷりに詰ってくる。
教室には他にも生徒がいたのに二人の異様な空気を察してか、我先にと風のように消えていった――いや助けろよ特に伊達お前は私の友だろうが(「I don't want to die yet .
(まだ死にたくない)」 By伊達)。
「いや女だし。どこからどう見ても女でしょ。この女の証である豊かな胸を見よ!」
「絶壁の間違いだろう。授業中に女の水着姿の写真集を眺めてはニヤけている痴者を世間一般的常識を踏まえて見ても女とは言わん。恥を知れ絶壁」
今絶壁二回言われた、何で繰り返した絶壁を。
というか巨乳を見てにやけて何が悪い、女だって胸が大きな女性は魅力的に見えるんだよ決して邪な思いは無いとは言えないのが悔しいけれども。
とりあえず、多少盛ったかもしれないが確かに膨らみはあるぞと胸を張ろうとしたが、その前に「止めやれ」との号令のもとに鋭いパンチが右頬に炸裂した、良いジョブだ吉継。
恐らく赤くなっているであろう右頬を撫で労りながら両目で変態と罵る三成と「こんな痴女に育てた覚えはない」と嘆くふりをする吉継を睨み付ける。
いつも通りであれば二人に今すぐにでも殴りかかっていただろうが、ここはグッと堪える。
ここは私が大人の対応をすべきだ。
ごそごそと乱暴に自分の鞄の中を漁り、目的の物を二つ手に取りそれらを二人に向かって投げつける――見事な運動神経によりそれらを片手で受け取って見せた二人に「何このイケメン」と腹が立ったが、それぞれが手の中にある物を見て目を丸くする様子が見れたので良しとする。
流石に予想外だったようだ。
「“作ってない”だけであって“買ってない”とは言ってませんけど?」
二人の手の中にあるのは、(取り出す時に乱暴にしたせいで多少崩れていたが)綺麗にラッピングされた小さな小包、中身は有名なチョコ専門店で仕入れてきた生チョコ達だ。
朝これまでにない大遅刻をして担任の片倉先生にこってり絞られてまで近くのデパ地下によって急いで買ってきたのだ。
暫く私の懐はすっからかんになるな、という現実を敢えて無視してふんぞり返って二人を見る。
「流石に作るの忘れたのは申し訳なかったから高いチョコにした、私の溢れんばかりの思いやりと思慮深さに感謝せよ愚民共」
ふははとどごぞの悪役ばりの笑みを浮かべてみせたが、二人はこちらを見ることなくしげしげと小包を見つめていた。
三成にいたっては「罠か?」等と言いながら怪訝そうに箱を軽く左右に揺らす程である失礼だぞお前。
吉継も小包をひっくり返したり軽く振ったりして中身があることを確認するような素振りを見せた後、ようやくこちらを見て、
「……主にしては上出来よ」
ニンマリ、嬉しそうにそう笑った。
するとそんな吉継の反応を見てどうやらチョコが本物だと認識したのか、三成も小さく鼻を鳴らして小包を己の鞄に入れる――小包を鞄に入れる手つきがやけに慎重そうに見えたのは気のせいではないだろう。
何だかんだで素直に嬉しそうな二人の反応が無性にこっぱずかしいような、腹の内側を擽られているような、何ともその場にいるのが居たたまれない気持ちになって、ついそれらを誤魔化すように声を上げる。
「さ、三倍返しなんだからね!」
ビシィッと人指し指を突きつけたら危うく吉継の手によって折られそうになった。
ハッピー・バレンタイン
(――して、小包に値札が貼ったままなのはわざとか?)
(そのチョコがどれだけ高価か分かりやすいようにしてやったのよ感謝せよ愚民ど、)
(ふんっ)
(だぁぁあああっ!!!!?小包を粉砕するなよ何やってんだよ馬鹿成!!)
(いくら蓋を引いても押しても開かないからだ。安心しろ、中身は無事だ)
(その箱自体も高いんだっつーの!大事に開けてよ!)
(数が少ないのではないか?見よ、このチョコなど糸のように貧相よ)
(ぁあああっ!!!!?何でそれ粉々にするの吉継!!それはそう装飾されたチョコなんだってば!!もっとデリケートに食べ……馬鹿成チョコ落とすなぁあああっ!!!)
もちろん二人は他の女子からもチョコ貰っていたけど全て残滅してまで主人公のチョコを待っていた、という裏設定があったりなかったり。
こんな甘くないお誕生日プレゼントですがよろしかったらどうぞ隊長(^q^)←
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