四十七ノ話
目覚めたら見知らぬ木目の天井が(以下略)
身動ぎすれば、この時代には珍しい、羽毛布団のように柔らかな布団の感触が全身の動きをヤンワリと遮る(感触からして恐らく高い布団なのだろう)。
布団を跳ね除けることもできたが、何故だか動くことが億劫に思えて、取り合えず状況を確認するだけでもと横たわったまま部屋を観察すれば何処と無く見覚えのある、質素でありながら品を感じられる部屋の装飾品の数々が視界に映った。
何かこんな経験前にもあったなぁ、なんて蚯蚓がのたくったような掛け軸を眺めながら思いつつ、ゆっくりと体を起こし――て目を見開いた。
「ぅおうっ!!?」
気配もなく足元にひっそりと座る一つの影。
驚いて間抜けな悲鳴が口から飛び出したと同時に、その影が人であること、更には見覚えのある人物であることにも気付いて、どうにか驚いた勢いで部屋から飛び出さずに済んだ。
マジマジとその影を観察して、確信する。
「君は、」
声をかけると影が音もなく立ち上がり、情けなく布団の中で腰を抜かしかけた自分に近付き、そっと手を差し伸ばしてきた。
掴め、と口には出さないが行動でそう示す影に従ってその手を迷わず掴めば、グン、と強い力で引っ張られて立たされる。
そうして目の前で向かい合う形となった影、風魔小太郎に微笑みかけた。
「お元気でした、小太郎さん?」
随分と懐かしい姿だった。
コクリ、問い掛けに頷くことで返事をくれた寡黙な彼にそれは良かったと笑みを深くすれば、目の前に紙を差し出された。
『窶れている』
そう一言。
誰が、何て問う必要はない。
またそれかと思わず苦笑いをすれば、彼がポン、と頭を軽く叩いてきた。
話してごらん、と言うかのように小首を傾げた小太郎さんに何だか全身の力が抜けていくような、吉継達といる時とはまた違った安堵を覚えて、思わず。
「そんなに酷いかなぁ、官兵衛さんにも言われてちょっとは気にしてるんだけどな。運動はしてないけどご飯は食べるようにしてるし、睡眠も取ってるんだけど。元親も何だかんだ心配してけっこう会いに来てくれたり、野菜とか魚とか送ってくるし……あ、元親凄いんだよ、冷蔵庫みたいな絡繰り作って贈ってくれたんだ。同盟組んだお祝い品だってさ。それで良い食べ物保存して食えって言うんだ。まだ直接会ってないけど、元就からも大量の餅が送られてきたし。序でに嫌みたっぷりの手紙もね。いらないよねそんな手紙、でもじっくり読んだら『べ、別に心配なんかしてないんだから!』みたいなことすっっっっごく解りづらく書かれてて面白かったんだけど。そうそう、幸村君からも山の幸がいっぱい送られてきてね、副大将の猿飛さんお手製の団子も届けられたんだよ。すっごくもちもちでね、美味しかったんだ。小太郎さんも猿飛さんも、というか忍って凄いね、何でも出来るんだね。うちの忍さんもよく庭掃除とかお茶とか用意してくれるんだ。前は囲碁とかも付き合ってくれたし……思わず感心しちゃったよ。今度猿飛さんにお団子の作り方教わろうかなぁ……あ、」
小太郎さんがじっと耳を傾けて聞いてくれるから思わずベラベラと話してしまったが、ふと気付いた。
元親とか元就とか、小太郎さんに何一つ、誰なのかとか何処の国と同盟組んだのかとか、一切説明せずに平気で話してしまったのだが、何を話しているのか分からず混乱していないだろうか。
「ご、ごめんなさい、いきなり話されても分からないことだらけですよね……元親は、」
簡単にでもいいから説明しようと口を開いたのだが、それをやんわり遮るように目の前に紙が差し出された。
『把握済』
「……ワオ」
さすが伝説の忍、と言うべきなのだろうか。
何で知ってるの、と聞くのは、彼の仕事を考えれば野暮だろう。
「凄いですね、しがない文官一人の人間関係とかも調べるんですか?」
『主が望んだ。故に観察した』
「……えぇー……個人情報駄々漏れ……」
『お腹が空いたからと夜中に団子を食すのは体に良くない』
「そんなとこまで観察してるんですか!?ちょ、お腹見ながらそれ言わないで――いや書かないで下さい?と、とにかく見ないで下さいよ!運動してないからちょっと気にしてはいるんですっ!つつくのも無しぃいい!!」
プニプニと容赦なくつついてくる手を叩いて退こうとしたが、籠手を身に付けている彼の手は素手のこちら側からすれば武器にも等しく、叩いた瞬間に手に走った痛みに涙目になった。
小太郎さんから生暖かい視線を送られたが気付かない振りをして、そろそろ本題に入るべく(失礼ではあるが)咳払いをする。
そう、何故、私がここにいるのか。
「小太郎さんがいるってことはあの人の御命令で拐われた、ってことで良いんですよね?」
打倒徳川に向けて奔走する一方で、以前自分が拐われた事件を反省点に三成と吉継が打ち出したより強固な警備を潜り抜け、しかも三成を前に堂々と自分を拐うという神業と言っても過言ではない早業、仕事ぶりを発揮できるのは、日ノ本中何処を探してもこの目の前の小太郎さんしかいないだろう。
その彼が主と呼ぶ人物を脳裏に描こうとすれば、火薬の臭いを身に纏い、ニヒルな笑みを浮かべたその人が「苛烈、苛烈」と指パッチンする姿が直ぐに思い浮かんだ。
……彼の背景にどこぞの特撮戦隊モノばりの爆発映像が流れたのは私の頭がおかしいのだろう、きっと。
自由気ままな、己の欲に野生の生き物よりも忠実な彼のことだ、呼び出された理由はどうせ暇潰しに違いないとげんなりしながら溜め息を吐けば、小太郎さんにドンマイと言わんばかりに肩を叩かれた。
いや、拐ったの小太郎さんでしょ。
「小太郎さんも何であんな人に仕えるんですか……というか北條の忍ですよね?」
『雇われれば何処でも』
「氏政公聞いたら泣きますよ」
『白目を剥かれた』
「遅かった……!」
瞼を閉じて天井を仰ぎ、心の中で未だ会ったことの無い氏政公に合掌しておいた。
ともまぁ、途中話は脱線したが、自分を拐った人物がはっきりしただけでも充分だ。
「それじゃあ、早速会いに行きますかね」
呼ばれたからはいそうですかと彼の暇潰しに付き合うつもりは微塵もない。
打倒徳川に燃えているのは三成達だけではないのだ。
私も色々と準備をしなければいけない、わざわざ拐ってきた小太郎さんには悪いが、首謀者を何がなんでも説得して豊臣、大阪に戻らねば。
きっと三成と吉継が心配しているだろうから。
ふと脳裏にボンヤリと、佐吉時代の彼が泣いていて、それを紀之介時代の彼が宥めながら飄々とした態度で、早く戻りやれとこちらに向かって言う光景が浮かんで、心の中で苦笑する。
二人ともすっかり大人になっているというのに、どうしても小姓時代の影が抜けないのだ。
そんなことを言ったら拗ねるだろうなぁ、等と思いながら目を開き、小太郎さんに向き直る。
「小太郎さん、松永公は何処に、」
いるんですか。
言いかけた言葉が喉に引っ込む。
何処からともなく小太郎さんが女物の着物をいそいそと取り出す姿に、どうやら首謀者に会いにいけるまで暫く時間が掛かりそうだと溜め息を溢した。
「久しいな、姫」
以前と同じように縁側に腰掛けて迎える彼の姿に、挨拶の言葉より先に溜め息が出てしまうのは仕方が無いことだと言い訳をしたい。
前回とは違う藍色を基調としたおとなしめの、それでいて品のある着物に身を包む私を満足げに見る彼をセクハラで訴えても勝てる気がしないのは何故だろう。
「松永さんお久しゅうございますねそれではサヨナラ風魔さん帯引っ張るのは無しです苦しいですぐぇええ……!」
息を吐く間もなく挨拶を言い切り踵を返したのだが、歩みだそうと上げた足が床を踏む前に小太郎さんに帯をガッチリと掴まれて、前に進むことが出来なかった。
むしろ帯がお腹に食い込んで凄く苦しい思いをした。
「風魔」
ゆったりとした口調で彼が名を呼べば小太郎さんがパッと手を離し、お腹を擦りながらそんな彼をジト目で見れば刹那の差で姿を消された。
「風魔を責めないでやってくれたまえ、姫よ。それは逃がすなとの命に従っただけだ」
愉快げに笑む松永公に懐に仕舞っていた鉄扇を投げつけたくて仕方なかったが、そんなことをしても意味が無いのでグッと堪え、松永公から少し距離を取った縁側に腰掛ける。
目の前に見える砂利で描かれた川を模した緩やかな曲線の美しさに目をとられながらも、こうして出向いた目的を果たすべく言葉を発する。
「また暇潰しは勘弁してくださいよ。こっちだって暇では無いんですから」
「打倒権現かね。卿にも主君への忠義があったか」
「殴りますよ」
のらりくらりとした相変わらずの態度でクツクツと愉快げに笑う彼を睨み付けたが、まるで相手にしていないかのようにこちらを見向きもせず、目の前の物寂しくも日本特有の侘び寂びの世界を表現した庭に視線を向けたまま、彼が口を開いた。
「瞳が曇っているのも、それ故か」
「……はい?」
何を言っているのか理解できなかった。
松永公得意の言葉遊びかと流しかけたが、それにしては言葉が、単語の持つ意味が明確すぎる。
この場には松永公と私の二人しかいない(気配は読めないため、視覚的には二にしか捉えられない)し、何処かに隠れている小太郎さんに向けた言葉かと一瞬考えたが、違う気がする。
つまり彼の言葉の宛先は、私。
そう判断した瞬間から、意味を理解しようと考え出した瞬間から混乱した。
瞳が曇っている。
それはどういう意味なのか。
松永公の意思を察することが出来ず、困惑した。
「あの、どういうい、」
「権現を壊せば、戻るかね?」
作ったものが思ったような出来じゃなかった、ならばこうしたら良くなるだろうか。
まるでそんなことを言うかのように松永公が問うてくる。
いや、問いかけなのかすらも酷く曖昧だ。
自問自答のようにも聞こえる物騒なそれに何と答えれば良いものか、答えあぐねて口を閉ざしていると。
「――凶王、か」
冥い、声。
ゾワリ、全身の表面を何かが這いずったような感覚を感じて鳥肌がたち、弾かれるように立ち上がって彼を見つめた。
ゆったりとした動きで彼がこちらを見る――かち合った冥い眼に逃げろと本能が脳内で警鐘をけたたましく鳴らした。
何かがおかしい。
そう感じ取り騒ぐ本能に落ち着けと言い聞かせるように、急激に乾いた喉を潤そうと唾液を飲もうとして、気付いた――体が、動かない。
張り詰めた空気が酷く重い物質に変質したかのような、蜘蛛の巣に引っ掛かり、動けば自分は喰われると悟った獲物になったような心地が、体を動かすことを拒否している……あぁ、そうだ、彼の目は肉食獣が獲物である草食動物を見るときのそれに似ている。
彼の発するそれは相手を殺そうとする時に自然と滲み出てくる気のような殺気というものではなく、圧倒的な、抵抗することを一切許さない王者が放つ威圧感のようなものでもあって。
ユラリ、彼が立ち上がってこちらに歩み寄ってくる姿を視界で認識していても、どれだけ頭の中で警鐘が鳴り響いていても、逃げようとする意志に逆らうように、威圧感に圧され負けた体が全く言うことを聞かない。
ジワリと滲み出た冷や汗が背筋を伝り落ちた時には既に彼は目の前に立ち、小さな衣擦れの音と共にこちらへ手を伸ばしていた。
男性特有の骨ばった手が頬に触れ、他人に触れられることがここまで嫌悪を抱くものなのかと不思議に思うほどの嫌悪感が背筋をゾワリと粟立たせても、この空間から逃げたいとどれだけ思っていても体は微動だに動こうとしない。
スルリ、頬から瞼へ、滑らかな手の動きを感じながら、目の前の冥い瞳から目を離すこともできず、無様にも足が震えるのを抑えることも出来ないまま。
「あれは卿の価値を知らない」
発せられた言葉は存外に「自分は心得ている」と言わんばかりで、まるで自分が“物”扱いされているような気になって、自分は物ではないと苦し紛れに憎まれ口を叩こうとしたが、それすらもままならず。
「価値なんて、ない」
冥い目を見返しながらどうにかそう呟いた。
本当のことである。
自分の覚えている限りの現代の知識は皆部下に伝授したし(部下の殆どは他国へと流れてしまったが)、他に何か取り柄があるわけでもない。
日ノ本を二分する今の大きな戦いさえ終われば、自分の知識が更に浸透するよう手筈も整えている――それでなくとも今の自分の価値など昔に比べれば遥かに低いのだ、そんな自分にどんな価値があるというのか。
するとスゥ、と切れ長の目が細くなり、観察するような目付きが自分の心を見透かそうとしているかのように覗き込んでくる。
自分の心内を覗きこんで何がしたいんだか知らないが、せめて視線だけでも逸らしてたまるかと気合いだけでその目を見つめていると、鋭い目付きが少しだけ和らぎ、冷徹さとは似ても似つかぬ眼差しへと変貌し。
「――その眼だ」
「え、」
懐かしそうな、満ち足りたような、それでいて何処か虚しそうな声色が薄い唇から溢れた。
眼。
どの眼だよ、と突っ込みかけたが、今までに見たことのない公の表情に呆気に囚われて言葉が出てこない。
「どれだけ探してもあれに代わる宝が見つらなかった」
いっそ違う宝へと意識を集中させればこの執着も無くなるだろうかと日ノ本中の珍しい宝を手にしてみても、この“渇き”は癒えなかった。
そう淡々と語る松永公の手がゆっくりと、瞼から頬へ、壊れ物を扱うような繊細な手付きで撫でる――不思議なことに、先程感じた嫌悪感は無かった。
ただ呆然と、冥い眼に悲しいとも、懐かしいとも取れる感情を読み取ってこの人もこんな顔が出来たのかと見つめていたが、公の表情に見覚えがあることに気付いた。
どこでだったかと記憶の底を探っていたら、直ぐに思い出した。
半兵衛さんが亡くなった直後のことだ。
秀吉様と私の二人で半兵衛さんを看取った時、秀吉様が浮かべていた表情。
三成達が部屋に来たときには消えた、刹那の表情。
そのことを思い出してふと、思った。
「誰か、亡くなったのですか」
秀吉様は最大の理解者にして唯一の友を。
この人もまた、同じように大切な人を亡くしたのだろうか。
そう思い問いかければ冥い眼が一瞬だけ見張ったのを見て、どうやら図星だったようだと悟る。
「――遠い昔だ」
私を見つめたまま、ポツリ、いつものように余裕のある声ではない声色で松永公が呟く。
それっきり口を開こうとせず、遠い所を見るような目付きで私を見つめる。
誰かと重ねている、というのは直ぐに分かった。
戦国の三梟雄の一人として現代でも名の知れた人が、亡くしたのは遠い昔でも今もこうして追い求める程、大切な人。
日ノ本中を自由気儘に欲の赴くまま蹂躙しているようでいて、その心を占めていたのは大切な人を失った“渇き”。
それを珍しい宝を手中に納めることで、埋めようとしていたのだろうか。
そして彼が言う私の価値。
私の眼が、彼の大切な人と同じだから、彼は欲した?
――それは、あまりにも。
「松永公、」
呼び掛けたら、遠い目付きがこちらを、私を冥い瞳に映す。
「私は、その人じゃないですよ」
「――分かっている」
唇を歪めて、公が嗤う。
その顔を見ていられなくて、また口を開いた。
「私は誰にも、代わりにもなれません」
私は私ですよ。
顔を覗き込めば、冥い瞳が揺れる。
何かを言いたげに口が開いたが、直ぐに閉じた。
それから何かを探すように己の胸に手を当てて、静かに目を閉ざし、暫く動かなかったが。
「――あぁ、そうだな」
唐突に目を開き、可笑しそうに唇を歪めて、
「あれはもういない」
寂しそうに呟かれた言葉は空気に溶け込むように消える。
ユラリ、揺らいだ瞳は泣きそうになかったが、何となく松永公の肩をポンポンと叩いた。
するとお返しと言わんばかりに公が、幼い子供にするように、私の髪をグシャリと混ぜるようにして撫でた。
相変わらず冥い眼ではあったが、先程の狂気じみたモノが無いことに安心して、口を開いた。
「――ということで、私を帰してくだ」
ドガァァァアアアアン
私の言葉を掻き消したのは地を揺るがすほどの爆音。
おい、と目の前の彼を睨み付けたが、私ではないと言うように肩を竦められる――いや、爆発とか貴方以外に誰がいるんで
ドォォォオオオオオオン
……思考も遮られた。
「……松永公、そんなに帰したくないんですか」
「姫を帰したくないのは山々だが、この面白味も品もない苛烈な爆発は私のものではな」
ガラッシャァァァアアアアアン
「……私のものではない」
いつものように底知れない飄々とした態度で遮られた言葉を言い直す松永公の様子に脱力しかけた。
三成達が助けに来て暴れているのだろうかとそんな考えが一瞬脳裏に過ったが、彼らはここまで騒々しく乗り込んでこないなと思い直して首を傾げる。
「まさか、元親?」
「――四国の小鬼の婆娑羅は雷ではないだろう」
「そりゃあそうですよ、元親は炎属性で……え?雷?」
まるでクラシック音楽を鑑賞する音楽家のように目を閉じて爆音を聞き入っていた松永公がうっすらと笑みを浮かべている。
「……なるほど。宝を取り返しに来たか」
「いや納得してないで説明してく」
おいゴラ松永ぁぁああぁああああっ!!!!
「……オ呼ビデスヨ松永サン?」
昔見たヤクザ映画で聞いたようなドスのきいた凄みのある声。
私の本能が察知した、これは絶対関わってはいけないことであると。
ビビリ魂を発揮させて近くの部屋に逃げ込み、頭だけ廊下に出して彼に顔を向ければ、やれやれと言いたげに悠々とした態度で首を横に振り、何処かへ去っていく松永公。
その背の後ろに音もなく降り立った小太郎さんが一瞬だけこちらを見、じゃあそういうことで、とでも言うように手をピッと上げ、松永公についていった。
どうやらこの騒動の原因であるらしい彼がここから離れたことだし、逃げるチャンスは出来たのだろうと少しホッとしたその直後。
「ここか松永ぁぁあああぁあああっ!!!!」
ズパン、隣の部屋の襖が吹っ飛ぶと同時に部屋を閃光が駆け抜け、明らかに人を殺傷する目的を持った電撃がビリビリと体を這う。
「い゛っ!?」
全身を襲った激痛に堪えきれず畳の上を転がった直後、随分と風通しの良くなった隣の部屋から入ってきた何者かが持っていた刀をこちらに向けたのが視界の隅で見えた。
「――女?」
予想外だと言いたげな声色に腹が立つ。
恐らく今までのめちゃくちゃな爆音の正体は彼だろう、松永公にどんな用事があるかは知らないがせめて部屋の中確認してから襲えよあと人の話遮りまくりやがってと文句を言おうとして顔を上げ、刹那のうちに土下座した。
「命だけはお助けくださいヤクザ様」
オールバックな強面の彼の背後に般若が見えた。
893罷り通る
(お前、松永の女か)
(んなわけあるか誰があんな人の女かってすみませんすみませんすみません滅相もないですあんな人とは知り合いじゃないです言葉遣いがなっていなくてすみません失礼なこと言ってしまってすみませんお願いですから殺さないで下さいヤクザ様)
(……いや、俺はやくざなんて奴じゃ、)
(あ、すみません貶している訳ではないんですすみません命だけは)
(おい落ち着け、あいつの女じゃないってことはここの侍女か?)
(いいえ違いますむしろ被害者ですすみません)
(……あ゛?)