三十八ノ話









吉継が三成と私に黙って、影で密かに動いていることは薄々分かっていた。





ただ、吉継もこちらに何も言ってこないし、彼も彼なりに豊臣軍の為――否、三成の為に動いてくれているのだろうと思い、それならば私から口を出すこともあるまいと、何も言わなかった。


彼のことだから、言う必要も無いだろうと思ったのだ。












「――官兵衛さんから?」


侍女が持ってきた文は、官兵衛さんからだと言う。

私の周りを囲むようにしてそびえ立つ、積もりに積もった書類の山を崩さないように手渡してくれる侍女に御礼を言いながら受け取った。

侍女が部屋を退出するのを視界の隅で捉えながら、パラリと文を広げてみれば。





四国の件 完了





ただ、その一言。

「四国……?」

手紙の内容をおうむ返しに呟いた自分の声が、書類だらけの部屋にポツリと響いて霧散する。

自分は官兵衛さんに四国絡みの仕事を依頼しただろうかと記憶を洗いざらい掘り起こしてみるが、全く覚えがない。

そもそも自分が四国に関わった仕事は、昔、半兵衛さんに頼まれて西の方へ偵察に行った時のみである。

例え覚えは無くとも、そんな自分が官兵衛さんに四国絡みの仕事を任せるとは思えない。

何かの隠語というわけでも無さそうではあるが……

もしや宛先を間違えているのではと、何の気なしに念のためと、宛先を確認してみれば。




「……官兵衛さん、手紙すらも不幸に取りつかれてるんですか」




宛先ははっきりと、しっかりと、

大 谷 刑 部 少 輔 殿

と、書かれていた。


――つまり、吉継への手紙である。

何をどう間違ったら私のもとへ届けられるのか実に不思議かつ謎ではあるが、それは官兵衛さんに取りついている不運の影響だと思えば全て納得できる、というより納得せざるを得ない。


……不運のレベルが物にまで影響するのは、さすがに今回が初めてではあるが。


「まぁ、吉継の部屋そんなに遠くはないし……」

わざわざ先程の侍女を呼び戻して届けさせるのも気が引けるので、直に届けに行くことにした。

丁度良いことに吉継に相談したいことや渡さなければならない書類もあったので、吉継への全ての用事をここで一気に消化しようと思ったのである。

中身を見てしまったが内容はさっぱり分からないし、吉継自身も特に気にはしないだろうと取り合えず懐に仕舞い込み、書類やら茶請けの菓子等(これは吉継に仕事を頼むときの交換条件である)も持って部屋を後にした。













「――暗から、とな?」

白黒反転した目がパチクリと瞬いて、書状をしたためていた手が動きを止めた。

「うん、これ。中身見ちゃったんだけど、大丈夫?」

ペラリと中身を見せながら手渡せば、鋭い視線が素早く紙面を滑り、それから何かを考え込むように一瞬だけ視線が揺らいだが、直ぐに愉快そうに目元が緩められる。

「……あい、問題無しよ、ナシ。われにもとんと覚えのない文故」

「あれ、そうなの?じゃあ捨てとくよ?」

丸めてポイと屑箱に放り投げれば、それは綺麗な放物線を描いて屑箱に収まった――行儀が悪いと吉継の数珠に軽くどつかれたが、肩を竦めて誤魔化す。

代わりに持ってきた書類と茶請けを同時に差し出せば、まず先に茶請けがフワリと浮いて吉継の手の中へ。

書類は見えない力で押し戻された――ってコラ。

「おいコラその茶請けはこの仕事を引き受けてくれた時の報酬なんですけど?」

「われとて手一杯よ。この書簡の山を見て分かるであろ」

そう言って背後の書類の山を視線で示した吉継にはほとほと同情するが、私もほぼ同じ量の書類を抱える身である。

何としても、この書類だけでも処分して書類の山を少しでも減らしておきたい。

「いや、そこを何とか……」

「最近、饅頭を食べておらぬなァ」

「はいはい饅頭でも団子でも何でも持ってきますから」

侍女を呼び寄せて饅頭とお茶を頼めば、吉継が満足そうに頷いてようやく書類を受け取ってくれた。


「あー、あとそれと相談したいことが――」


吉継の機嫌が良くなったことを確認し、恐る恐るそう話を切り出す。

実を言うとこれが本命の用事だったりする。

視線で先を促す吉継を真っ直ぐに見つめながら、さて“これ”をどうやって話そうかと少し考えるだけで頭が痛くなるのを感じつつ、急激に重くなった口を開いた――その時。

「三成の、ことなんだけ」
「御話中失礼致します」

カタン、と上から聞こえた物音と共に、静かな声が話が遮る。

音もなく吉継の傍に降り立ったのは、豊臣軍の忍だ。

どことなく緊張した雰囲気を漂わせる忍に吉継は愉快そうな笑みを目元に湛えながらも視線だけ鋭くし、私も何事だろうかと若干身構えながら忍を見つめる。

忍は吉継に一言断ってから短く耳打ちし、吉継はそれを聞き終えると一つ頷いて「下がれ」とだけ言った。

――命通りに消える忍を見つめながらふと疑問に思ったことが一つ。

主が誰かといる場合、例え仕事の報告に上がろうと、主が一人になるまで忍は姿を現さないのが常だ。

今の忍は恐らく吉継個人が雇っている忍だろう。

そんな忍が主である吉継と私が会話中にも関わらず、話を遮ってまで“あること”を吉継に報告した――つまり、何か重要なことを吉継に報告したのではないだろうか。

それも、直ぐに報告しなければならないような、期限付きのものを。

少し気になって吉継へ視線を向けると、吉継も分かっているらしく、

「四国が徳川軍に襲われたらしい」

とだけ言った。

「四国が……?」

「あい。手酷くやられたようよな」

徳川もえげつない男よ、と愉快そうに笑う吉継が少々気になったが、それよりも。

「――四国、ね」



頭に過ったのは、いつの日か四国で出会った長曾我部の若様。



今まで幾度か文通をしてきた彼は、今や立派に長曾我部の当主になってあちこちで海賊として名を挙げているらしい。

そのことを度々耳にしては、あの女子と見紛う程の美貌の少年が随分と逞しくなったなぁと染々思っていたものだが。




自分と同じく平和を望んだあの少年の国が、危機に瀕している。




行動を起こす理由は、それだけで充分だ。


「――試してみようか」

ボソリと溢せば、吉継が小首を傾げる。

「……何を試す気よ、時継」

「うん、前々から作ろうかと思ってた組織があってね。つい最近やっと形になったばかりなんだけど……幸い、活躍の場が出来たことだし、丁度良い」

懐から鉄扇取り出し、バチリと開いて笑った。

「組織の名前は……そうだなぁ……特に思い付かないから“救助隊”とでもしておこうか」

現代でいう自衛隊のようなものとでも言えばいいのだろうか。

ただし、国を守るのは軍があるため、災害が起こった場合等に救助に向かうための専門の組織なのだが。

組織に参加しているのは国が雇った医師達や火消し達、奉公先が無かった武士や農作業だけでは食べていけない町の者だったり、ボランティアで参加したいと希望して入ってくれた人など、様々な職業やら立場の人だ。

この戦国時代、国の何処かで飢饉や災害が起きればそれはあっという間に大きな打撃となって政に影響したため、どうにかせねばと悩んだ末に思い付いた案だったのだが、色んな職業の人がいた方が便利かもしれないと積極的に大坂の国中で人員募集をかけたところ、予想以上に希望者が募り、序でに就職難をある程度解決する策にもなった。

様々な人で構成されているため一つの組織として意識を統一するのは苦労したが、短期間で団体行動を取れる程度には揃いつつある。

かいつまんでそれを吉継に告げれば、吉継が呆れた視線を寄越した。

「たまに城に見知らぬ者が徘徊しておったのはそのせいか」

「あぁ、それは訓練の様子を報告にきてくれたリーダーのことだよ。組織がけっこう大きくなっちゃって、組織の中でも三つくらいの分類に別れてるんだ。その分類の中で棟梁格のリーダーというものを作って、彼らは月に二回、訓練の様子や国の様子を私に報告することになっているんだ」

「われも三成も間者かと疑って危うく殺める所であったわ」

「ごめん、説明するの忘れてた」

えへ、と笑えば吉継の数珠が一発頬にめり込む。

けっこう痛かったので涙目になったが、それほど吉継は怒っているということなので、文句は言えない。

申し訳ないと思いつつも、また口を開く。

「まぁとにかく、そんな“救助隊”が活躍するチャンスというわけさ」

頬にめり込んだ数珠を剥がし取って鉄扇で転がしていれば、吉継が大きな溜め息をついた。

「三成にも詳しく説明せよ。あれは今にもりぃだぁとやらを切り捨てる勢いだった故。それよりも、長曾我部に許可を取らず勝手に向かえば、攻めてきたと勘違いされるのではないか?」

「勿論事前に手紙を送るよ、特急で。せっかく作った組織が助ける相手に壊滅させられたなんて冗談じゃないからね。私の名前を出せば長曾我部軍も、というより長曾我部の国主様も受け入れてくれるさ」

そう言いながら笑えば、吉継が探るような目付きでこちらを見た。

「……長曾我部とは顔見知りか、時継よ?」

「昔ね。私一人で西の方へ偵察に行ったことあるでしょ?その時に会ったんだけど、凄い美人な子でね、女の子と見紛う程の美貌の持ち主だったんだよ。三成と同じ髪の色の持ち主で、瞳は綺麗な翡翠色でさ。今や海賊だなんて名乗るぐらいだし、さぞかし端正な細マッチョ美青年に成長を遂げてるのかもしれないなぁ……いやでも昔のような線の細い女の子みたいなままかもしれないし、」

どちらにしろ会いたいなぁ、さぞかし美人に成長しているんだろうなぁ、なんて言いながら染々と弥三郎のことを思い出していれば、吉継が「あ」と酷く間の抜けた声を挙げた。

何事かと思って吉継を見れば、吉継の視線は障子に向かったまま固まっている。

何だろうかとその視線の先を辿って――後悔した。



「時継、様」


ウルウルなんてものではない。

中途半端に開いた障子の向こう側に、髪の色と同じ色の耳と尻尾をこれでもかと下げているという幻覚が見えてしまいそうな程、酷く傷付いた様子の三成が。

捨てるの?と言いたげにこちらを不安そうに真っ直ぐに見つめながら、細々とした声で。


「――時継様は、その男が気になるのでございますか……?」


クゥン、と捨てられた子犬が雨に濡れながら鳴いているようにしか見えなかった。

「……………………………………いんやぁ?全くこれっぽっちもぜぇんぜん、気にしてないよぉ?気にしてないからこっちにおいで三成ぃいいいいい!!!!」


障子をスパァァアアアンと開いて三成を抱き締めたら「リア充爆破」の号令のもと数珠五発が頭に落とされた。













他所の子の話は厳禁です













(……して、われに相談したいこととは何よ、時継)
(え?あ、あぁ!え、えーとその、み、三成のことだったんだけど――)
(?私のことでございますか?)
(あぁいや何でもない!何でもないようん!!それよりも四国に“救助隊”のことで文を送らないとね!!)



(三成の様子が何か前と違う、ってことを相談したかったんだけどなぁ……あれ、でも今日はいつも通りの三成だったし、気のせいか……?)



(……良いか、三成。今の調子で時継に迫りやれ)
(分かった……だが刑部、何故今のような女々しい所を時継様に見せなければならないのだ?時継様も女々しい男は――)
(何、これはぎゃっぷ萌えというものよ三成。普段とは違う所を見せると男は皆イチコロ故)
(……そうか。ぎゃっぷもえか)

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