三十七ノ話








最近、三成がおかしい。





否、おかしいというのは言い過ぎかもしれない。

ただ、何と言うか、妙に大人しいというか――あぁ、いや、家康が関わると勿論恐惶状態よろしく叫ぶわ暴れるわ、とにかくてんやわんやで狂乱に陥るのだが……


とにかく、今までの三成と何かが違うのだ。











「何だろう……変な茸でも拾い食いしたのかな……どう思う、ごんべ君?」

「時継様、石田様をどんな目で見てらっしゃるのですか。それと私の名前はごんべ等ではございません、三郎にございます」

徹夜を共にした部下と目の下にうっすらと隈を作りながら、息抜きにと部屋を出て散歩をしていた時だ。

何気なく向けた視線の先に、形部と立ち話をする三成がいた。

何やら深刻そうな顔をして話し合っているようなので、声を掛けて二人の邪魔をするのもあれかと思い、部下に今日は休みを取るように言いつけ部屋に戻ろうと踵を返した、その時。


「時継様、」


呼ばれて振り返れば、形部をその場に待たせ、歩いてこちらに向かってくる三成が。

重要なので繰り返そう、歩 い て こちらに向かってくる、三成が。

それだけでも目が飛び出る程驚くことなのに、極めつけは。


「お加減は宜しいのですか?また御無理はなさっていませんか?」


三成の浮かべる表情に、息が詰まる――知らない表情だった。

これまでに見たことのない表情で、それは笑みに近いが、何処か違う表情だった。

半兵衛さんが常に浮かべていた笑みとは全く対照的なものでありながら、家康のように朗らかな、親しい人へ向ける笑みとも違う。

柔らかな光を宿す金緑の瞳と視線がかち合った瞬間、心臓が変な脈を打ち、戸惑いのようなものが全身を硬直させる――あぁ、そうだ、彼はこんな目をしない。



優しく、夜道を照らす仄かな月光に似た儚げな、愛しみに満ちた眼。



「……時継様。貴方に触れる許可を、どうか私に」

「え、ぁ?う、うん」

何かに気付いた様子の彼が律儀にそんな許可を求めたので、何事だろうかと戸惑いながらも咄嗟に頷けば、武士の中で標準的な一般男性よりも細く白い、それでいてやはり男らしい骨ばった手が真っ直ぐに私の頬へ伸ばされ、触れる――壊れ物を扱うような、そんな手付きで。

トクリ、心臓が跳ねるように脈を打つ感覚と共に、全身が仄かに熱くなって、頭の中が真っ白に。

宝石のような金緑の瞳に戸惑った自分の顔が映り込むほどの至近距離に、三成がいる。


無意識のうちに半歩後退りすれば、彼の手が自然と頬から離れ、金緑の瞳が僅かに陰った気がした。


「みつ、なり?」

「――また、徹夜で御座いますか?」

隈が。

そう言って眉を微かに八の字にして、手を静かに下ろす三成。

「時継様の体は時継様だけのものでは御座いません。どうか、御自愛を」



……あぁ、彼はこんな風に心配をする人だっただろうか。



いつもの彼ならば、しつこいくらいに体調を聞いてきては侍女を呼び寄せ、やれ布団の準備だ白湯の準備だ、具合の悪さに気付けないとは秀吉様の左腕として失格だの何だのと騒ぐのに(私の体調管理は関係無いと思うのだが)。

目の前の彼は、全くそんな態度をおくびにも出さない。

ただ金緑の瞳に何かを、母が子を見るときとはまた違った暖かさの光を、仄かな熱を宿らせ、静かにこちらを見つめるのだ。

だけどそれが何なのか、全く分からない。

分かることは、三成がおかしいということぐらいしか。

「……三成。変な茸でも食べた?」

顔を覗き込むように見つめて小首を傾げれば、金緑の瞳はパチクリと瞬いて、それから一瞬だけ、微かに揺れた。

金緑の瞳に宿る熱さえも、揺らぐ。



「――時継様、」



切なげな、微かに掠れた声。

そんな声で名前を呼ばれただけなのに、肌が粟立つのを感じた。

心臓がギュウッと締め付けられているかのように息苦しくなって、呼吸が浅くなり、身動きさえも封じられているような、そんな感覚に陥る。


何だろう、これは。


驚いて言葉も出ない中、一歩、静かに距離を詰められ、私と三成の距離は小さな子供一人が間に入れるか入れないかまでの距離になった。

骨ばった手が私の髪に触れ、金緑の瞳が伏せられる……伏せられる間際、その美しい瞳に今まで見たことのない“熱”が宿っているのが、見えた気がして――












「っ、――申し訳御座いません。出過ぎた真似を致しました、」












突如、三成の手が離れ、彼が一歩後退ることで距離も開いた。


何故か戸惑った様子の三成にこちらも拍子抜けして、息を吐く――新鮮な空気を肺に取り込むことで、いつの間にか息を止めていたらしいということを知る。

そうして我に返った瞬間、急に全身がむず痒く感じ、その場の空気が居辛いように思え、咄嗟に鉄線で顔の下半分を隠しながら、何とかその場を和ませようと声を絞り出した。

「あ、や、えーと……うん。何か、えと、うん……部屋に戻ろうかな、なんて……心配かけてごめ、ん?えーと……白湯……うん、白湯飲んでからちょっと寝ることにするよ、うん!」

ぎこちなく頷けば、三成もハッとしたように顔を上げて、

「はっ!、それでは後程、お持ち、致します」

つっかえながらそう言って、ふと彼が片手で顔の下半分を隠す……その手の下の頬がうっすらと赤く染まっているのが見えて、何故だか急に全身が熱くなり、その場から走り去りたい程の羞恥心に襲われた。















この熱をどうしてくれよう













(えーと……三成もお茶――というか白湯、どう?)
(わ、私は……)
(あー……め、迷惑、だよねごめん、さっさと寝るよごめ――)
(っいえ!あ……いえ、迷惑等とは……時継様がお望みならば)
(うん、そう、だね。一緒に飲んでくれたら嬉しいかなー、なんて……それで一緒にお昼寝でもしようか、なんて!)
(……っ!!?)
(え……あ!や、えーとちが、今のはちが、ち、ちが……)


(……爆破しやれ)


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