三十一ノ話







朝、意識が未だはっきりしない頃、妙な圧迫間をお腹に感じた。




人が一人、自分のお腹の上で馬乗りになっているような、そんな圧迫間。

何事だろうか……お腹を壊しているわけでもないし、ましてや布団の重みでもないし……まさか、金縛りか。


――え、ちょ、まさか半兵衛さん?


早速化けて出てきちゃったわけ?

幽霊になった彼に何を叱られるのだろうかとビビり魂を奮起させてうっすらと目を見開いてみれば。


「おはようございます、時継様」


白無垢を身に纏った、千鶴姫が。

ニコリと可愛らしい笑みにつられて、状況を飲み込めないまま私も彼女に笑いかける。

「お、おはよう……?」

頭をフル回転させて昨日の出来事を思い出してみる――うん、最後に会ったのは三成だ。

就寝のご挨拶にと出向いてくれた彼の頭を撫でて床についた。

その時自分の部屋には誰も居なかったことは確かである。




――何でここにいるの千鶴姫。




「夜這いですわ」

「あー、成る程ねー……みぃいぃいつなりぃぃいいいぃいいっ!!!!!」

絶叫すれば、刹那のうちににスッパァァアアアアンと開いた襖。

そこには、豊臣軍最強のセ○ムこと恐惶状態の三成が……着替えている途中だったのか、色々と目に毒な格好をしていた。

「三成、三成、褌見えてる、せめて帯はきちんと締めよう」

「っ!?も、申し訳ございません!!」

布団と千鶴姫の下から這い出て三成が帯を締め直すのを手伝って、乱れていた着物を直して、改めて。


「お呼びになりましたか時継さめぎつねぇぇええぇえええぇえええっ!!!!!」


「気付くのが遅くてよ」

白けた目で見つめる千鶴姫に怯むことなく、三成が私を背に匿って対峙する。

まさか寝起き早々こんなことが起きるとは予想も着かなかったため、さらしも何もしていない。

そのため三成の背後を盾に、然り気無く布団で身を包み、なるべく体のラインが見えないようにした。

いくら胸が無いとはいえ、一応と言うか念のための行動である。

「貴様何処から沸いて出たいやそれよりもその格好は何だ時継様が起床になられる御時間よりも半刻も早いこの時間に夜這いなどと時継様の貴重なお休みの時間を邪魔するとは覚悟できているのだろうな斬滅してやるぅうううぅ!!」

「時継様にお会いしたいと申し上げたら通されたのですわ。この格好は白無垢ですわ見て分かりませんの?通してくれた侍女は恐らく時継様が起床になられていると思ったのでしょう。既成事実を作る良い機会だと思いましたのに、残念ですわ」

ふぅ、と実に残念そうに溜め息をつく千鶴姫は可憐な見た目に反してかなりの肉食系女子だったらしい……圧迫間で目を覚まして良かった。

もし起きていなかったら、等と想像するだけで末恐ろしい。

「千鶴姫、いくらなんでも流石に今回は私も吃驚しましたよ……で、どうして白無垢なのです?」

何処かの武家に嫁ぐのですか、と三成の肩越しにそう問いかけてみれば、キョトリと瞬きを返された。

それから直ぐに、大輪の華のような笑顔が千鶴姫の顔を彩る。



「いいえ、そんなまさか。私は今日、時継様に嫁ぎに参りましたの」



吃驚しすぎたあまり身を包んでいた布団を落としてしまった。

















場所は変わって、吉継の部屋。


「話聞いてないんですけど、少しも耳に入ってこなかったんですけど、竹中家の家長なのに何も聞いてないんですけどみたいな?つまり私は悪くない、悪くないんだよ」

水晶玉程の大きさの数珠八つに空中で締め上げられながら、目の前で御輿の高度をいつも以上に高くしてこちらを見下ろす部屋の主の吉継にそう訴えかけてみた。

がしかし、数珠の締め上げる力は強まるばかりで、一向に下ろされる気配はない。

愉快そうに笑っているてふてふ殿ではあるが、どうやら心の底から怒っているらしい……数珠の締め付け具合が相当キツいのでこれは本気だ。

「まさか無意識のうちに姫と婚約を交わすとはなァ。主の手癖の悪さには感服よ、カ ン プ ク」

「いやマジでそんな記憶もないんですって信じてくださいよお義父さん」

「誰が義父よ。主を三成の夫と認めた覚えはない」

「そんなっ……!……いや巫山戯てる場合じゃないしね。つか三成が女役なの、って地味に数珠で締め上げる力を強くしないで痛い痛い痛い」

まるで拷問にかけられているような仕打ちである。

三成が側にいたのであれば彼の手によって直ぐに下ろしてもらえるのだが、如何せん、彼は作動中のセ○ムよろしく恐惶状態で千鶴姫と中庭で対峙中なのでここにはいない。

吉継はそんな三成から私を守るように頼まれていたのをしかとこの目でばっちり見ていたのだが、何故か守ってくれる筈の彼からはこんな目に合わされている……何故じゃ。

最終的には数珠で縛られながら地面に転がされる始末である。

見よ、時継が芋虫のようよ、等と某アニメ映画の悪役のような捨て台詞と言ってみせた吉継はとてもはまり役に見え――イタタタタ、絞まってる、数珠がもっと締め付けてくる痛い痛い。

「今失礼なことを考えたであろ」

「考えてませんよ痛いよーしつぐー。と言うか話戻すけど、本当に何も聞いてないのよ私は。千鶴姫との婚約なんて覚えもなければする気もな――」


「時継様お迎えに上がりましたわぁぁあぁああっ!!」


締め付けられる痛みで思わず本当の芋虫のように地面をジッタンバッタンとのたうちまわっていると、突然スッパァァアアアンと障子が開いた。

半壊した障子の向こうには、はだけた白無垢を纏う千鶴姫が……わぉ、チラリズムで見える肌が大変セクシーですね千鶴姫。

肉食系女子らしく、床に転がる私という餌に飛び掛かろうとした千鶴姫。

だがしかし、吉継が四つの数珠で私を庇うように己の背後に吊し上げ、千鶴姫に向けて残りの数珠を差し向けた――っていや、吊し上げてないで下ろしてくださいよてふてふ殿。

千鶴姫も地球儀大程の大きさの吉継の数珠を相手に強攻突破はしないようで、舌を打って飛び退る。

その刹那、白無垢がヒラリと翻って千鶴姫の大変美しいおみ足が見えた――三成につけられたのか、小さな刀傷が太股辺りに見えた。

女の子なのに、と千鶴姫を心配するのと同時に、一抹の不安が胸を過る。

半壊した障子の向こうに視線を移すが、そこには誰もいない……千鶴姫と殺り合っていた筈の三成が一向にやってこない。


……三成は、どうしたのだろうか?


「っ!……貴方も邪魔をなさるのね、大谷様」

「あい、すまぬなァ姫よ。三成から時継を任されておる故」

悔しそうに眉をひそめる千鶴姫を前に、愉快そうに肩を揺らす吉継。

「三成は如何した、姫よ」

「腹に一撃お見舞いして差し上げたら、動かなくなりましたわ」

ふん、と可愛らしくふんぞり返る千鶴姫。



――その言葉に、脳裏に半兵衛さんの顔が浮かぶ。



何を思ったのか、吉継が何気なくこちらをチラリと見る――見て、動きが止まった。

「――時継、如何した?」

「え……?」

四つの数珠がスルスルと解かれ、壊れ物を扱うようにそっと下ろされて吉継に顔を覗き込まれる。

千鶴姫も心配そうな顔をしながら然り気無く私の腕に絡み付いてきた……なかなかやるな千鶴姫。

「時継様、顔色が悪うございますわ」

何処か具合でも、と本気で心配そうな表情の千鶴姫に言われて驚く……そんなに顔色が悪いのだろうか。

確かに胸の内がざわついているというか、ゾワリゾワリと寒気が腹の底から這い上がってきて、その不快感に冷や汗が背筋を伝わり、クラリと軽い症状の目眩もする。

何処と無く狼狽えた様子の吉継が軍医を呼ぶかと問いかけてきた、その時。






「めぇええぇぎぃつねええぇえぇええぇぇええええ!!!!」






半壊していた障子が、地を這うように飛んできた闇色の刃で更に粉々に粉砕される。

それを見た吉継は何処かホッとしたように目許を微かに緩ませ、千鶴姫はそんなまさかと言いたげに目を見開いた。

粉砕された障子の破片をザリ、と踏みつけ、現れた人物の姿を見た瞬間。


「――三成」


トクリ、と心臓が跳ねて、知らず知らずのうちに詰めていた息をそっと吐き出す。

いかにも地獄からやってきたと言わんばかりに濃い闇の婆娑羅を身に纏い、見る者全てが気絶してしまいそうな恐ろしい形相をした三成がダンッ、と一歩、畳を踏みつけた。

自然と視線がそんな三成の腹へと向かう――どうやら、血は出ていないようだ。


それを確認した途端、言い様のない安心感を感じて。


千鶴姫の腕をすり抜けて、フラリ、と三成の方へ歩き出した。

「……時継様?」

三成が恐惶状態顔負けの恐ろしい形相から一変、こちらを心配するかのような、気遣わしげな表情になる。

そんな彼のすぐ目の前に立ち、彼の肩にコツンと頭をぶつけて、



「――無事で、良かった」



ホッと息を吐き出すのと同時に、そう呟いた。

三成が息を呑み、吉継にそっと名前を呼ばれる声が聞こえて、思わず笑って目を伏せた。



……自分が思っている以上に私は、人の死に敏感になってしまっているらしい。



「時継様、」

三成が遠慮がちにソロリ、と私の髪を梳く。

その感触が擽ったくてピクリと肩を揺らしてしまうと、髪を梳いていた三成の手の感覚がなくなる……三成が手を引っ込めたようだ。

三成から戸惑いと緊張の入り交じった気配を察して、迷惑をかけてはいけないと、肩から頭を離して三成に、

「ごめん、もう大丈夫。ちょっと吃驚しただけ」

「時継様」

微笑むと、三成が切なそうに柳眉を寄せ、金緑の瞳が揺らいだ。

余程困っていたのかと慌てて離れようとすると、その前に三成の手がそっと私の頬に触れ、切なげな表情をした端正な顔が、そっと近付いてくる。

「時継様、私は――」

金緑の瞳にポカンとした私の顔が映るほど、至近距離にまで近付いた、その時。






「そこまでよ」






ドガガイィンッ


後頭部に走った衝撃と共に目の前で星がチカチカと散る――遅れて激痛が。

「いぃったぁああぁあああっ!!!!」

咄嗟にその場で踞ると、その頭の上にズシッ、と重い何かが乗っかってきて、耐えきれず、まるで潰れた蛙のようにベシャリと倒れこんだ。

更にその私の上に乗っかって容赦なく潰しに掛かる犯人を見上げようとして、頬に数珠がめり込んだ。

「おぉ、見事な不細工顔よな」

「……あのー、吉継さん?何でこんなことするのかな?」

「リア充爆破よ、 バ ク ハ」

ヒヒッ、と笑って何やら本気でお怒りモードなてふてふ殿はギリギリと私の頬にのめり込む数珠の力を強くする。

……何でこんな仕打ちをされてるんだろう、私。

吉継の御輿に潰されてる私を差し置いて、残りの三人が騒ぎだす。

「ぎょ、ぎぎぎょ刑部ぅううぅうっ!!!!時継様に何をしている今すぐそこを退けぇえ!!」

「すまぬなァ三成、われには主らの乳繰り合う姿が堪えきれなかった故」

「ち、ちちっ!!?わ、私はそんな大それたことなどしてな、」

「時継様ぁあぁああ!!私とも乳繰り合ってくださいまし!!!」

「めぇえぎつねぇええぇええええぇぇええっ!!!!」

潰れている私に寄り添おうとした千鶴姫に三成が己の得物である長刀で肉薄し、舌を打って千鶴姫がヒラリとかわしてそのまま中庭へと二人が雪崩れ込む。

そんな二人を吉継の御輿の下から見送って、


「……カオスだ」


でも、これが日常だったかな、と内心笑っていると、頭に数珠が一発のめり込んだ。














日常へ帰ろう













(よーしつぐー、いい加減降りてくれないかなー)
(はて、われは急に耳が遠くなった。何も聞こえぬ、聞こえぬなァ)
(いやいや、聞こえてるでしょ絶対ぃいったいって!)
(ヒヒッ!われの前で幸を振り撒いた罰よ、バツ)
(いやいや、ただ三成に髪を梳かれただけ……あ、なら吉継の頭を撫でれば吉継も幸せになって万事解決、みたいな?)
(……………………………………ヒッ!)
(あだっ!?)

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