三十ノ話






半兵衛さんの葬式は、あまりにも素っ気ないものだった。




本人の希望で式は密やかに行うように言われてもいたし、とても簡単な式だったからそう感じたのかもしれない。

あまりにも簡単すぎて、半兵衛さんの遺体を土に埋める時を間近で見ていても、まるでよく出来た映画を見ているかのように傍観していた。


皆が喪服を着て悲しそうに俯いているのが酷く滑稽にすら見えて。


そのうち一人、また一人とその場からいなくなっていくのを視界の隅でぼんやり見ながら、ぼう、と微かに盛り上がった地面を眺めていると、コツンと固い何かが肩にぶつかってきた。

振り替えれば、珍しく杖をついて立つ吉継が。



「時継、」



コツン、とまた肩にぶつかったのは、吉継の数珠。

何処までも静かな白黒反転した眼に見つめられて、咄嗟に笑いかけようとした――が、顔が引きつって上手く笑えなかった。

仕方なく、口角だけを上げて口を開いた。

「なに、吉継?どうかした?」

「――、笑うな」


無理に笑うな、そう静かに告げる彼に、肩を竦めて笑って見せた。


「平気だよ。今は、辛くないんだ」

「時継、」

「障子を開けてひょっこり現れそうだよね。これも僕の策のうちだよ、とか言ってさ」

彼が死んだという認識はある。

その証拠に、彼の死を目の前で確認してから、今も胸の内にポッカリと穴が空いているような、酷い空虚感にずっと襲われているのだから。


寂しいとも、虚しいともとれるような、それらによく似た、空虚感に。


「最後に何て言ったと思う?くれぐれも秀吉の邪魔はしないように、だって。最後の最後まで秀吉様一途だなぁって呆れちゃったけど、その方が半兵衛さんらしいか」

あまりにもあっけない最後で、何かを言う暇もなかった。

言いたいことを言って、半兵衛さんは逝ってしまった。

「本当に、最後までせっかちな人だったなぁ。話したいこと、あったのに」


――あぁ、彼の残した遺品を整理しなければ。


そう一人呟いて、吉継の隣をすり抜けようと歩き出そうとすれば、手首を掴まれた。

そのまま引っぱられて、ポスリ、頭が吉継の肩にぶつかる。

「時継」

耳元で吉継の低い声がよく響く。

普段は御輿に乗ってあまり運動をしていないように見える吉継だが、こうして肩に触れた所から、案外体を鍛えているんだなぁと実感する。

目を閉じれば、吉継の呼吸に合わせて微かに、本当に微かに彼の肩が動いているのが分かって。



あぁ、吉継は生きているんだなぁって、染々感じて。



「――葬式、前に参加したことあるんだけどさ、」

喪服の黒で染まる視界をぼんやりと眺めながら、口を開いた。

未来での、私がいた世界での話だ。

「皆真っ黒なスーツとか、喪服を着て。葬式に参加して、皆で泣いて、お通夜で思い出話とか話し合ってさ、」

葬式では泣いた記憶しかない。

参加した葬式は、皆親しい人とか、親戚ばかりだったからかもしれない。

周りの人も泣いて、葬式が終わっても皆暗くて。

喪服を脱いで、暫くしたら、また思い出話に花を咲かせて。

涙しながら話し合って、皆で泣いて、泣いて、泣いて。

そのうち誰かが場を和ませようと笑いながらあんなことがあったね、とか話し出して。

ポツリ、ポツリ、吊られて何人か笑って。

話を聞いていた人もまたポツリ、亡くなった人の過去にあった笑い話を持ち出して。

順繰り順繰り、皆で亡くなった人の楽しい思い出話に話を咲かせて。

そうして気が付いたときには、皆笑ってる。

笑って、話して、たまに泣いて、でもやっぱり笑い話に話が移って。

笑顔が少しずつ増えて、次第に思い出話もしなくなって――






そうして気が付いたときには、皆忘れてる。






忘れないと、辛いから。

いつまでも引きずっているのは、辛いから。

だから少しずつ楽しい思い出にすり替えていって、乗り越えようとしている。

乗り越えるために、忘れる。

それは人が生きていく上で必要なことだ。

頭では、そう理解している。


「喪服を脱ぐのが、ある意味忘れるきっかけなのかなぁ」

「さて、なァ……」

我には分からぬ。

吉継がそう言って、吉継の肩にもたれ掛かる私の頭をポンポンと撫でた。

まるで赤子をあやすような、そんな優しい手つきとリズムに閉じた瞼が、眼の奥がジンと熱くなって。

心にポッカリ空いた穴に、すきま風が吹いたような、そんな気がして。

「私、いい子供だったかな」

「あぁ、主はよくやった」

「話したいこと、話さなきゃいけないこと、いっぱいあったんだ」

「さようか」

「それなのに、あっという間に置いていかれちゃった」

「……、」

「――ねぇ、吉継」

「あい、如何した、時継」

応えてくれた吉継の声が酷く優しくて、鼻がツンとした。

鼻を啜って、震える声を押さえて、歪みそうになる唇を必死に笑みの形に保ちながら、平常の声を絞り出した




「喪服を脱ぎたくない、って言ったら……半兵衛さん、怒るかなぁ」




吉継が、そっと息を吐く声が聞こえた。
















それが弱さだと分かっていても














(――時継殿のあの姿、如何したのだ?)
(分からぬ。半兵衛殿の喪が明けてもあの格好のままよ)
(よもや、痴呆になったわけではあるまい?)
(さてなぁ……秀吉様からの御咎めも無い故に、皆、なかなか言い出せぬのよ)
(喪服を平服にでもするつもりか)
(《神童》殿の考えることは、我らには理解できぬわ)



(半兵衛さん)

(貴方がいないと寂しいです)

(辛いです)

(貴方に未来からきたことを言えなかったことを後悔しています)

(喪服を脱いで貴方を失った悲しみも、この後悔も忘れてしまうくらいなら)

(例え辛くても、貴方を失った悲しみと後悔を忘れないように、私は喪服を脱ぎません)

(これが、最後まで貴方に私の素性を言えなかった自分への罰です)

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