二十一ノ話






――目が覚めたら、見知らぬ天井が視界に映った。



「……は?」


飛び起きるのも忘れて、ただ視界に映る見慣れない天井を呆然と見上げていた。

……大坂城の全ての部屋で三成と昼寝しなかった部屋はない。

つまり、大坂城の全ての天井は大体見上げてきたから、何となくだがどんな天井だったのか等は覚えている。

しかし、目の前の天井は記憶にある天井のどれにも当てはまらない、初めて見る天井だった。

もう日が登って暫く経っているのか、障子で締め切られているにも関わらず、障子の向こう側から日差しが部屋を明るく照らしている。

太陽の光を浴びて白く輝く障子が酷く眩しかったが、その眩しさに促されようように布団から起きて立ち、周りをじっくりと見つめながらグルリと見渡す(というか、今気付いたけど私寝巻きだ)。


生けられた花。

ミミズがのたくったような高そうな掛け軸。

特に目立った柄もなく質素ではあるが、よく見ればしっかりとした造りの立派な襖。


どれもこれも、全てが見たことのないものばかりで非常に戸惑った。

こんな部屋、大坂城にはない。


「ここ、マジでどこ……」


見知らぬ部屋に一人でいる孤独感。

迷子の気分で半分泣きそうになりながらそう呟けば、突然目の前に“何か”が現れた。

「ヒィッ!!?」

思わず変な悲鳴を上げながら後退れば、目の前の“それ”は不思議そうに首を傾げた――“それ”は人だった。

兜のようなものを目元を隠すくらいに目深に被った、赤い髪が特徴的なスタイリッシュな男性。

男性の身に纏う服装が豊臣軍に所属する忍達と何処となく似ていたので、恐らく目の前のこの男性は忍なのだろうと思う……だから突然目の前に現れる等という人間離れした真似が出来るのか、なるほど納得。


――って納得してる場合ではないのだよワトスン君。


目の前のこの目立つ忍さんは豊臣軍では全く見たことがない、つまり他所の忍だ。

仕事上、半兵衛さんや秀吉様達より忍の人達にお世話になることが多いので、豊臣軍の忍達はほぼ全員会ったことがあるし、把握もしているので、目の前のこの忍は豊臣軍の忍ではないことが直ぐに分かる。

見知らぬ部屋に一人、しかも他所の国の忍も現れた……これはどう考えても死亡フラグが乱立している。

懐を探るが、武器の鉄扇もない。


――死亡確定。


ゾッと背筋に寒気が走った。

殺される、自分は死ぬのだという恐怖でガタガタと体が震える。

目の前の忍さんは傾げていた首を逆方向に傾けた。

もうその動きが「どうやって殺してやろうかな?」って悩んでいるようにしか見えない。

「殺すなら痛くしないでください……」

何とかそう声を絞りだし、硬く目を瞑る。


――あぁ、齢二十○才で死ぬとか、早すぎる……戦場に出る人はもっと若くして亡くなるかもしれないけど、私戦場にすら出ていなかったのに。


死ぬのが怖い。

殺されるなんて嫌だ。

脳裏に秀吉様、半兵衛さん、吉継、千鶴姫達の顔が走馬灯のように浮かんでは消える。

最後に見えた顔は、はにかむように笑う――



“時継様”



ポン

肩に何かが乗っかる感触がして、驚きのあまり体が跳ねる。

恐る恐る目を開けば、先程よりも近くに忍さんがいて、その忍さんが私の肩に手を置いていた。

何をされるんだと怯える私に向かって、ゆっくりと首を横に振る――横に?


……その動きが彼の意思を現しているのなら。


恐る恐る忍さんの顔を見つめ、口を開いた。

「殺さない、の?」

コクリ

呆気なく頷く忍さん。

それを見た瞬間、脱力してその場に座り込んだ。

「よ、良かった……」

涙が滲んで視界がぼやけ、鼻を啜ると横からちり紙を差し出された。

そちらを見れば、跪いてこちらにちり紙を差し出す忍さんが……何だこの忍さん、豊臣軍の忍さんじゃないのに凄く優しくて泣きそうになるんだけど。

差し出されたちり紙をつかって鼻をかめば、よしよしと頭を撫でられる……やめて、私の涙腺のHPはもう0よ。

「あ、ありがとう忍さん」

そう御礼を言うと、忍さんが懐から紙を取り出してこちらに差し出した。

そこに書かれていたのは。


「ふうま、こたろう……?」


コクリと頷く忍さん。

恐らく、それは忍さんの名前だった。



――ふうま?



ふうまって、あの風魔……?風魔小太郎さん……?

風魔小太郎って、北条に仕えている喋らないことで有名な伝説の忍じゃなかったっけ……?

その伝説の忍を引き抜こうと半兵衛さんがどす黒い爽やかな笑みを浮かべながら策を練っていたことがあった……見てて凄く怖かった。

とにかく、その例の喋らないことで有名な伝説の忍が目の前の忍さんだとして、その忍さんがいるということは、ここは――


「――え、ここってもしかして小田原!?」


そう叫んだ私は決して悪くない。

それなのに忍さん、小太郎さんにメ、と言われるように口許に人差し指を置かれた……何このイケメン。

「え、何で私小田原にいるの?まさか夢遊病?」

混乱して頭を抱える私の頭を落ち着けと言わんばかりに撫で、そして首をしっかりと横に振る小太郎さん……て、は?

「――小田原じゃないの?」

コクリ

じゃあ何処だよ、と内心だけで突っ込んでおいた。

更に悩み始めた私を他所に、どこからともなく着物を取り出した小太郎さん。

……三成といい、半兵衛さんといい、この時代の人達はマジシャンなのか。

取り出した着物は見た感じだとお値段が非常に高そうな、女の子が着るようなとても綺麗な着物だった。

夜の闇のような黒地に、上品にあしらわれた彼岸花の群れ。

その彼岸花の間を吹き抜ける風をイメージしているのか、彼岸花の間を縫うように描かれた緩やかな白い線が、とても優雅だ。


――その着物を、小太郎さんは私に押し付けた。


「………………………私、男ですよ小太郎さん」

一瞬心踊ったが、今の私は男として生きる身の上である。

わざと仏頂面を作ってそう返せば、またもや懐から紙を取り出した小太郎さん。

“主からの命令だ。これを着させて連れてこい、と”

「……主って、誰ですか?」

その文面を見て、今更湧いた警戒心。

自分がいるこの場所は小田原ではないことと自分は殺されないと分かって安心していたが、問題はまだある。

とにかく、ここが大坂城ではないこと、そしてどうやら自分は拐われたらしいと今段階で把握した。

恐らく、この小太郎さんが私を拐ったのだろう。

でなければ、普通の忍が三成の厳重な守りを掻い潜って私を拐うことは不可能だ。


見つかれば即斬首されて十六寸に斬り刻まれておまけに友情出演で数珠によって潰される。


そんな三成+αの守りを見事掻い潜るとは、流石は伝説の忍、と言うべきか。

……で、何でその伝説の忍の小太郎さんは私を拐ったのか。

というか、小太郎さんに私を拐えと命令したその主いったい誰よ……ここが小田原ではないということは、明らかに北条氏政ではないだろう。

小太郎さんの主は北条一人ではないのか。



……考えるだけでは埒があかないか。



小太郎さんの言う“主”が誰なのか、目的は何なのかを知るためにも、相手側の要求を呑むしかない。

ズイ、と差し出された着物を渋々受けとって、深々と溜め息を吐いた。













小太郎さんに手伝って貰って何とか着物を着ることが出来た。

女の子の着物は小さい頃の七五三以来だったので、一人で着るのはとてもじゃないが不可能だったのだ。

そうして小太郎さんに着付けられること三十分……髪の毛もすっかり梳ってもらい、ほぼ十何年ぶりに女の子としての格好が出来た。

小太郎さんに化粧までされそうになった時は流石に心の底から全力で拒否したので、化粧はしていないが。

小太郎さんに着いてくるよう身ぶり手振りで指示され、広い屋敷の中を歩くこと三十分――屋敷は何の変鉄もない、広い純日本家屋の屋敷だった。


ただ庭が酷く特徴的で、目を引いた。


大坂城のように庭が広いのだが、季節にあった花々がその広い庭を彩っている訳でもなく、ポツリと存在する枯木と岩、敷き詰められた小石の砂利の上に滑らかな曲線が描かれた、日本の美と世界に名高い侘び寂びを体現したかのような、細かい所まで凝った、良く言えば風流、悪く言えばもの寂しい、何かが欠如したような庭だった。

まるでその空間だけが時間の流れから切り離されているような、そんな不思議な雰囲気の庭。

それをボンヤリと見つめながら歩いていれば、目の前を歩いていた小太郎さんが足を止めた。

その引き締まった背に危うく顔面をぶつけそうになって、慌てて立ち止まった。

「こ、小太郎さん。止まるなら止まると言って――」


「おや、ようやくお目覚めかね?」


耳に入ってきた男性の声。

いつも悠然とした秀吉様の口調とはまた違った、ゆったりと余裕を持たせた落ち着いた男性の声。

もちろん、この声に聞き覚えは全くない。

前の景色を遮るように立つ小太郎さんの後ろから、恐る恐る前を覗き見た。


そこには縁側に腰掛ける壮年の男性が一人、こちらを静かに見つめていた。


紳士的な雰囲気を漂わせた、知識人特有の知性を佇まいから感じられるような、そんな男性。

現代で言うなら、確実に世の女性方の視線を集めてしまいそうな、スーツがよく似合いそうなダンディーなおじ様だ。

私も第一印象はそう感じた。


――だが。


「……なるほど。卿が“神童”と謳われた男――否、」




口許だけを歪めたその笑みと、昏い光を宿した静かな瞳に背筋がゾッと震えた。






「卿は、姫だったな」














その眼の奥で昏く燃ゆるは、













(用意していた着物は気に入ったかね?――あぁ、礼はいい。私が勝手に見繕った物だ。急いで用意したものだが、卿によく映えるのではないかと思って用意させたのだよ)
(――貴方は、誰ですか?)
(おや、そこの忍に聞かなかったかね?)
(全く……いえ、名前はやっぱりいいです。私を誘拐した目的は何ですか?)
(急いては事を仕損じる――父君に言われなかったかね?立って話すのも疲れるだろう。私の隣に座るといい。茶を用意しよう)
(……有り難く、頂きます)

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