二十ノ話






突然だが、風邪を引いた。




理由は言わずもがな、池に落ちたからである。

何故池に落ちたのかという話は省略させていただく。

体調管理は常にしっかりしていたつもりだったが、どうやら全身ずぶ濡れになって暫くほっつき歩いていたら、いくらその後に風呂に入って温まろうとも風邪は引くものらしい……当たり前か。



……というわけで。



「布団から出られないなう」

熱くなった布団の中に新鮮な空気を取り込もうとバフバフと足で布団を蹴飛ばすと、

「いけません時継様、御足が布団から出ています!」

と即座に三成に布団を押さえつけられ、頭上からは巨大化した数珠が脅すように迫ってきた――って近い近い、吉継さん数珠近すぎるよちょっと、頬を潰しにかかってきてるよねこれ。

「やれ時継、布団を蹴飛ばすでない。埃が飛ぶであろ。頭に数珠を食らいたいか」

「うーん、もう頬っぺたが数珠によって潰されてるけどねー。あ、でも良い具合に冷えてて気持ちいいかも」

「時継様、額の手拭いを取り替えます」

「うん、ありがとう三成」

朝目が覚めると頭がボーッとするし体が熱いし、とにかくいつも通りの体調ではなかったし、思い当たる節はあったので直ぐに風邪を引いたのだと理解した。

そうして布団から起き上がろうとすれば酷い目眩に襲われて布団の中へリバース、起き上がることは不可能だった。

半兵衛さんが何時まで経っても起きてこない私の様子を見に部屋を訪れてくれなかったら、きっとそのまま干からびて死んでいたに違いない。

布団の上で起き上がろうともがく私を見て、

「芋虫の真似でもしているのかい?」

と酷く眩しい笑顔をくれたことは一生忘れないよ半兵衛さん、覚えてやがれちきせう。

とにかく半兵衛さんの適応な処置により、何とか新しい布団と寝巻きを用意されて大人しく仕事を休むことにした。

半兵衛さんに散々嗤われて、彼がようやく去った後にそこへすかさずやって来たのは、

「――やれ時継、主は馬鹿ではなかったのかそれは知らなんだ、シラナンダ」

と、いつもより高度を高めに見下ろしてくる吉継と、

「時継様っ、お加減は如何ですか!!?」

と、酷く心配そうな表情で恐る恐る近寄ってきた三成。

両極端な反応で部屋に入ってきた二人に仕事はどうしたと聞けば、半兵衛さんに私の看病をするように頼まれ、仕事の休みも貰ったのでここに来たとのこと。

先程から甲斐甲斐しく額の上に乗せる濡れた手拭いをこまめに変えて必死に看病をしてくれる三成に、何だかんだで暇潰しの話し相手になってくれる吉継……何だろう、凄く良い友に巡り会えたと心の底から思える。

家康も二人と同じように半兵衛さんに頼まれて看病に来てくれようとしたらしいのだが、三成が究極婆娑羅を発動させてまで部屋に近付けさせなかったらしい。


―― 一時期、ドタバタと廊下が五月蝿かったのはそのせいか。


「家康がいても別に良かったのに」

そう言えば、途端にビシリと不自然に固まった三成と吉継。

何事かと二人を見つめていれば。


「……われと三成の看病では心許ないと申すか、時継よ」


ポツリと呟かれたその言葉が良心にグサリと深く突き刺さる。

更には悲しそうに俯いて小さな溜め息を吐き、こちらに背を向けてこれでもかと言わんばかりの哀愁を漂わせ、酷く落ち込んでいることを強調する吉継。

「い、いや、そういうつもりじゃ……」

吉継の姿を見ているとグサリグサリと胸に罪悪感が突き刺さるので、とにかく吉継を見ないようにしようと宙に視線を漂わせると。


「時継様……」


切なげに名を呼ばれ、ついつい声のする方へ視線を向けてしまった。

そこにはこれでもかと眉尻を下げ、金緑の瞳を切なげに潤ませてジとこちらを見つめる三成の姿が。

更には布団の上に出ていた私の手をそっと両手で包み込みこんで、キュッ、と微妙な力加減で握りしめ、




「――私では、力不足でございますか……?」





理性が弾け飛ぶ音を聞いた。



それはもういっそ清々しい程にパァァアアアンッと弾け飛んだ。


「――吉継ー、ちょっと席を外してくれるかなー?」

三成の両手をしっかりと握り、吉継にアイコンタクトをとる。

先程まで悄気ていた空気はどこへやら、吉継は白黒反転した目を嬉しそうに細め、心得たと言わんばかりに頷いた。

「主の好きにしやれ」

「ありがとうございますお母様」

「誰が母よ」

そう言いつつ、空気を読んで部屋から静かに退室していった吉継にはやはりお母様の称号を与えたい。


――さて、これでようやく邪魔者(?)がいなくなったというわけだが。


三成に視線を戻せば、彼は私によってしっかりと握りしめられている自分の手をみて顔を赤くしていた。

「時継、様が、私の手を握りしめて……!」

感激極まったのか、ウルウルと金緑の瞳を潤ませる三成は、下手をすればそんじょそこらのお姉様方より色っぽいというか、えげつない程に可愛い。

もう女としてのプライドをかなぐり捨て、そんな三成を堪能することにした。


……いやだって、半兵衛さんが三成(と刑部)に看病を言い付けたんだよね?

だったら少しくらい我が儘を言っても良いはずだ恐らく……


今直ぐにでも目の前の可愛い小動物を布団の中に引きずり込みたい衝動に駆られるのを何とか僅かに残る理性で抑え込みつつ、自分の中の邪な思いを悟られまいと微笑んだ。

陶磁器のように白い肌がうっすらと赤く染まるその頬に触れ、囁いた。

「三成、ちょっとお願いがあるんだけど」

「っ!はっ、何なりとお申し付けください時継様!!」

「うん、あのさ、ちょっと体が寒いんだ」

「で、では直ぐにもう一枚布団の用意を――」

「あー、いや、そうじゃなくて……人肌恋しんだよね」

三成の両手を握る手を離し、布団をチラリと捲れば、三成はそれだけで自分は何を求められているのか理解したらしい。

顔を更に赤らめて固まった。


――うん、もうさ、風邪を引いて私の頭の中はイかれて色んな所が緩んでいるようだ。


だけどこれはもう開き直るしかない。

大の大人が何をしてるんだと言われそうだけど、これは三成が可愛いのが悪いんだ、うん。

可愛いものを愛でるのが何が悪い。

例えるならばこれは、目の前に可愛い子犬が愛想を振り撒いているのでそれに応えて抱き締めるようなものだ。

何が言いたいのかと言うと、可愛いものは抱き締めたいと母性が訴えるんだよ。

いつも以上に三成が可愛くて仕方なくて抱き締めて可愛がりたいと思えてしまうのはきっと風邪のせいなんだ、うん。



――というわけで。





「一緒に寝ようか」





ニコリと笑いかければ、三成が卒倒した。











風邪(の人)には御用心を











(三成、低体温だねー)
(もっ、申し訳ありま――)
(あ、でも火照った体にはちょうど良いかな。人間氷枕みたいなもんかなー、冷えてて気持ち良いや)
(〜っ!!!時継、様……あまりくっつかれないでください……!)
(えー、だって三成にくっついてると気持ち良いんだよ……えいや)
(っ!!?時継様!ど、どうかそれ以上は御許しくださ――)
(時継殿!体の具合は……ん?三成?どうしてお前が時継殿と一緒に寝ているんだ?)
(!?い、家康何故貴様がここにっ!!?)
(あ、家康だ。三成の体温低くて気持ち良いんだよ。家康もどう――って、君は何だか暖かそうだからやっぱいいや)
(ははっ!酷いな時継殿、ワシもそれなりに体温は低い方だぞ?)
(あれ、そうなの?じゃあ家康も入――)
(イィィエェェヤァァスゥゥゥウウウウ!!貴様ごときが時継様の布団に入れると思い上がるなぁぁぁああああっ!!!時継様の布団に入って良いのは私だけだ!!!!)
(……うん?)

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