十六ノ話
――さて、吉継に三成の歪んだ生活習慣を治すよう脅されたわけだが……何だか身に覚えのある殺気というか、気配が直ぐ近くから感じられるので訂正する。
吉継に脅され――もとい、頼まれて翌日、早速その約束を果たすべく私は行動を起こした。
「みーつなりー。一緒にご飯食べよー」
三成が私の部屋に来るよりも早い時間。
料理を乗せた二つの膳を三成の部屋まで運び、ノックよろしく障子の外からそう声を掛けて中に入れば、驚いた表情のまま寝巻き姿で固まる三成がいた。
「時継、様……?この御時間はまだ御就寝中のはず――」
「珍しく早く起きたんだ。一人で朝餉を食べるのも寂しいからさ、一緒に食べよう」
真実を言えば、人がぐっすりと寝ている最中に突如巨大化した数珠が頭から五発程度襲いかかってきたので、仕方なく起きるはめになったのだが。
もちろん、犯人はてふてふ殿である。
名前を出せば恐らく、何処からともなく巨大化した数珠が「幸よ福よ塵と消え」の号令のもとに襲いかかってくるだろうから言わない、というか言いたくても言えない。
「さ、侍女さんに朝餉も用意してもらったし、早く食べよう」
いそいそと二つの膳を向き合うように並べ、片方の膳の前に座って三成を待つ。
三成は暫し唖然とこちらを見ていたが、直ぐに慌てた様子で向かいに座ってくれた。
それを見届けて早速ご飯に手を付けると、恐る恐ると言った様子で三成が口を開いた。
「あの、時継様……」
「?どうかした、三成?早く食べないとご飯冷めるよ?」
「いえ、私はこんなに頂けません……」
そう言い、申し訳なさそうに項垂れる三成。
……はて、そんなに量を多くしただろうかと三成の前にある膳に視線を落とすが、いたって大盛りというわけではない。
むしろ私と同じ量である。
もしや三成は少食だったのか。
……いや、何も吉継の言葉を疑っていた訳ではないのだが、食べていないという量は男子からの基準であって、女子である私からすれば十分な量くらいは食べているのだろうと思っていたのだ。
取り敢えず、三成がどれ程食べているのかを調べてみようと思い、箸を止めた。
「三成、いつもはどれくらい食べるの?」
「朝は……だいたいこれくらいにございます」
御飯茶碗に盛られた白い御飯の半分以下……否、下手したら四分の一もないような量を示す三成――
――ってこらちょっと待て。
「三成、それ食べたって言わない。味見だからそれ」
それが君の「食べた」と言える量なのか。
改めて吉継の言葉の深刻さを思い知らされ、その衝撃が一筋の雷となってビシャァァアアンと私の背景に落ちる。
食べていたご飯と箸を膳に戻した――もう自分のご飯タイム処ではない。
こうなったら何が何でもこの朝餉の量を三成に完食させる。
「三成、取り敢えずこの膳にあるご飯の量は食べようか。じゃないと倒れるからね君」
「いえ、ですが……」
戸惑った様子で膳を見つめる三成。
いつもなら私の言うことを直ぐに実行する三成だが、何故かご飯に手を付けない。
――強攻手段に出るとしよう。
行儀が悪いと半兵衛さんに言われそうだが、致し方あるまい。
これも義のため三成のため……延長線上に自分の命のため。
動かない三成の隣に座り込み、まだ手を付けられていないご飯茶碗と箸を手に取る。
「三成、選んで。自分の手でご飯を食べるか、それとも私に無理矢理食べさせられるか」
「時継……!?いったい何を――」
「そうか私に食べさせられたいかよぉく分かったさぁ口を開け三成」
「お、お待ちくださ――モガッ!!」
三成の口が開いた瞬間を見計らい、一口分のご飯を箸で突っ込む。
「吐き出したら怒るよ?」
そう笑顔で脅せば、三成は頬をほんのりと赤らめつつ、口の中のご飯を咀嚼し、嚥下した。
やっぱり人にご飯を食べさせられるのは恥ずかしいのだろう……食べさせられる身としては屈辱に違いない……だがしかし、いつまで経っても食べない三成が悪い。
「あの、時継……」
「はい次は煮物。口開けて」
何か言いたげな言葉を遮って、三成の口の前に箸で煮物の里芋を差し出す。
すると顔をさらに赤くしつつも、素直に口を開いてパクリ、と里芋を食べてくれた。
――何か、小動物を餌付けしてる気分だ。
べ、別に、ちょっと大きかったらしい一口サイズの里芋を必死にもっちもっちと咀嚼して嚥下する三成の様子が可愛いだなんて思っていない、断じて……!
複雑な気分になりつつ、次に食べさせるものを探した。
「はいお味噌汁」
さすがに味噌汁は本人に食べてもらうしかないと、味噌汁椀と箸を三成に渡す。
――何故か驚いた表情で見つめられた、何故じゃ。
「さすがに味噌汁は箸で食べさせられないだろ?」
そう笑いかけると、途端に「申し訳ありません……」と恥ずかしそうに俯く三成。
「謝罪はいいから、ほら、味噌汁を食べて」
味噌汁椀と箸を三成にしっかり握らせると、三成は味噌汁を静かに食べ始める。
それを見届けてから、さて次はどれを食べさせようかと三成のおかずを眺め、取り敢えず腹持ちの良いご飯を優先的に食べさせることに決めた。
三成の御飯茶碗を持ち、三成に直ぐ食べさせることが出来るように、行儀は悪いが自分の使っていた箸を使うことにして、味噌汁を完食し終えたらしい三成の口許に一口分のご飯を持っていく。
「はい、あーん」
恥ずかしげに口を開く三成にご飯を与えていると、
「――やれ、そうしているとまるで恋仲の男女よな」
そんな愉快げな声が聞こえて、咄嗟に振り返る。
そこには、いつの間にか御輿に乗って愉快げに笑う黒幕、吉継がいた。
「おはよう、吉継。傍迷惑な目覚ましをどうもありがとう」
「はて、何のことかさっぱり分からぬなァ……これ三成、しっかり食みやれ。それでは体に悪い」
「ぎょ、刑部ぅぅぅうううっ!!!何故貴様がここに――」
「こら三成、ご飯食べてる時に叫ばない。ほら、焼き魚」
骨を外して身を解した焼き魚を三成に食べさせてふと、あることを思い付く。
「――恋仲っていうより、子供が出来たみたいだ」
私のその言葉に吉継は宙でずっこけ(器用だな吉継)、三成はショックを受けたような面持ちになった。
「こ、ども……」
「ヒ、ヒヒヒ、これ時継っ、われを笑い死にさせるつもりかヒャハッ!」
「いや、本当のことなんだけどな……でも、三成みたいな子供だったら欲しいなぁ」
素直だし可愛いし、と笑って三成に煮物の筍を食べさせる。
何故か三成が顔を赤くした。
……この子、さっきから顔を赤らめてばっかりな気がするのは気のせいか?
笑いこける吉継を放置し、次々と三成の口許にご飯を運ぶ。
すると、食べさせられることに大分耐性が付いたのか、膳に用意されていたご飯を食べ終える頃には、三成は進んで口を開いてご飯を食べてくれるようになっていた。
「はい、これで朝餉は完食、と……」
パクリ、と最後の一口だったご飯を食べ終えた三成。
……何故か最後の一口を惜しげに食べていたような気がするが、気のせいだろう。
さて、これでとにかく私の仕事は任務完了というわけだ。
「私もご飯を食べるとしようかな」
三成にご飯を食べさせている間にすっかり冷えきってしまったご飯に手を付けようと、使っていた箸をそのまま使ってご飯をパクリと一口。
「――あ」
「――あ」
「……ん?」
三成と吉継の間抜けな声を聞き、何事かと二人の唖然とする表情を見たところで、気付いた。
「あ……間接キス……」
生活習慣病撲滅キャンペーン
(――ま、いっか。三成虫歯無いだろうし)
(*@§☆※●∞……!!!!)
(三成、落ち着きやれ。そのように狼狽えてみっともない)
(そういう貴様も上下逆に浮いているぞ刑部ぅぅぅうううっ!!!!)
(こらこら、ご飯中は騒がないの――って、三成、頬に米粒ついてる)
(……っ!?っ!?〜〜っ!!!?)
(――やれ時継、それ以上三成に構うでない。三成が茹で蛸よ)
(んー?頬についてた米粒食べただけだよ?)
(……ヒヒッ!!主のそういう所が心配よ、シンパイ……)