十五ノ話






――二月に渡っての西の偵察を終えて、ようやく帰ってきた大阪。




いきなりだが、帰ってきてから困っていることが一つある。


「時継様、お早うございます!」

「時継様、お茶をお持ちしました!」

「時継様っその様なお姿では風邪を引かれます!」

「時継様!」


………………三成がヒヨコになった。


いや、この言い方では語弊がある。

とにかく、三成が親鳥に付いて回るヒヨコのようになった、と言えばいいのか。

息抜きに城下町に行くときも、湯浴みに行くときも、厠に行くときも――終いには床に就く挨拶をと、就寝前に部屋を訪ねてくるほどである……いったい何度半兵衛さんの世話になったことか……後で秀吉様の姿を描いた掛け軸でもプレゼントしてあげよう、うん。

とにかくまぁ、まるで会えなかった二月分の寂しさを埋めようとしているかのような……そんなに寂しい思いをさせていたのだろうかとふと不安に感じるほど、三成が後ろをチョコチョコ――否、トコトコと付いてくる。

……何だろう、カルガモになった気分だ。

そうして現在も進行形で三成が背後を付いてきている。

お昼近くになってもまだ眠いので、眠気覚ましに少し体を動かそうと部屋から出ただけで、何処からともなく姿を現したのだ――恐らく、婆娑羅技を駆使して駆け付けたのだろう(微かにだが、廊下に闇の婆娑羅の気配の残滓を感じた)。

ふと首だけ後ろを振り返れば、すぐ後ろを歩いていた三成と視線が合う。


――視線が合っただけなのに、彼が嬉しそうに目許を緩ませた。


「時継様、如何されましたか?」

「……いや、何でもない」

ここ二月の間に身長が伸びたらしく、今では斜め上に視線を向けなければ顔が見れない程にまで成長をしていた彼だが、相変わらず体が細い。

が、しっかりと筋肉はついてるとこはついているし(偵察から帰った直後に触って確認した)、男として立派に成長を遂げようとしている――まぁ、三成の美貌に更に磨きがかかり、儚い印象の美少年から凛々しい美青年になり、周りの目が少々突き刺さっているのが心配だが。

戦国時代は男色がお盛んだったと聞いているし、初めて会った時みたいにまた誰かに襲われかけていなければいいけど、等と真剣に心配をしつつ、顔を前に戻して歩き出した、その瞬間。

パタパタと軽い足音と共に、目の前から見覚えのある女の子が姿を現した。


「――時継様っ!お会いしとうございました!」


「あの女狐……っ!」と後ろで三成が歯軋りする声が聞こえたが、気のせいだと信じたい。

久しぶりに見たその女の子――私の正室候補だという千鶴姫に、とりあえず微笑みかけておいた。

「これはこれは、千鶴姫。久しぶりですね」

「えぇ、本当に。つい一月前に時継様にお会いしようと登城しましたのに、時継様がいらっしゃらなくて……千鶴、寂しゅうございました……」

女の子らしい華奢な手が私の体にそっと触れ、私の胸に顔を埋めるようにヒシッ、と控えめに抱きついてくる千鶴姫……おおぅ、何だか随分と積極的だねこのお嬢さん。

引き剥がすタイミングを完璧に逃してしまい、さてどうしようかと本気で困っていると。

「時継様に触れるなこの女狐が!」

三成が勢いよく千鶴姫を引き剥がし、私を背に匿って刀を千鶴姫に向ける。

お、おぅ、何だか三成がいつもより過激過ぎる気がしなくもない。

「み、三成!さすがに女の子相手に刀を向けちゃ駄目だって……」

「いいえ時継様。あれは女子ではございません。あれは時継様をいやらしい目で見る女狐でございます!目を見てはなりません!」

時継様を汚す輩は私が斬滅する、と爛々と目を輝かせる三成。

……え、ちょ、三成の中の私は女の子に呆気なく押し倒されちゃいそうな立ち位置にいるの?

つか千鶴姫をどんだけ敵視してるのこの子?

一方、千鶴姫も何処からともなく懐刀を構えて三成を憎々しげに睨んでいる。

「くっ……いつもいつも、小姓の分際で私と時継様の逢瀬を邪魔するのね、あなたは……!あなたはお呼びではなくてよ。早く秀吉様の下にでも行きなさい!」

「ほざけ女狐。貴様こそ私と時継様が共に過ごす貴重で大切な時間を邪魔するなど……万死に値する!そこで首を垂れろ、宙に首を飛ばしてくれる!そもそも貴様と時継様が同じ場所にいる時点で時継様が汚れるのだ!即刻立ち去れ!」

二人の間で、目には見えないが凄まじい火花が散っているのが何となく分かる。

――どうしよう、ここで「私のために争うのは止めてっ!」と叫ぶべき……?

「うーん、こんなに激しく他人の間で取られ合いされるの初めてだなぁ……って傍観してる場合じゃないね、うん。二人ともそんなに睨み合わなくても、三人で一緒にいればいいじゃないか」

うん、これなら千鶴姫は私といられるし、三成も同じくだ。

ナイスアイディア、等と思っていたのはどうやら自分だけらしく。

「恐れながら拒否します!」
「嫌ですわっ!」

息ぴったりに二人がそう叫んだ。


――実は仲良いんじゃないのかな、この二人。


先に動いたのは三成で、目にも止まらぬ居合いの一撃を放った……らしいが。

「――チッ!」

千鶴姫がひらりとその場から身を翻し、三成もそれを見て悔しそうに舌打ちをしたことからその一撃は避けられたらしい。


千鶴姫はそこからが速かった。


千鶴姫が大きく一歩踏み出して空気を切り裂くように懐刀を振ると、そこから衝撃破のようなものが三成に襲いかかる――が、見切っていたらしい三成は横に飛んでそれを回避。

それを見越していたのか、千鶴姫は間髪いれずに苦無のようなものを五本ほど投擲――まだまだと言わんばかりに今度は己が弾丸のように突進し、三成に刃を降り下ろした。

「くっ……!」

カカカカカンッギィインッ

三成は鬱陶しげに全ての苦無を弾き、間一髪で千鶴姫の斬撃を鍔で受け止め、鍔迫り合いが始まる。

普通女の子は力勝負に負けるものだと思っていたが、戦国時代の女性は逞しいらしい――というか、千鶴姫が強いのか?


何なのあの子、豊臣軍でかなりの強さを誇る三成を押してるんだが……?


「貴様に時継様は渡さんっ!」

「小姓の分際で生意気なのよ!」

「時継様は私の大切な……守るべき御方なのだ!貴様ごときに見合う御方ではない!!」

「何を言うの?時継様は私の未来の夫。夫を支え、守るのが妻の役目よっ!!そういうあなたこそ時継様の近くにいないでくれるかしら!?物凄く羨ましくて目障りよ!!!」

「フン、貴様に時継様の隣は譲らん!そこで指でもくわえて見ていろ!むしろ斬滅されろォオオ!!」

「あなた馬鹿なの?妻は夫の三歩後ろから着いていくものなのよ!後ろを任せられる人の方がその御方に信頼されている証……そういうことだから時継様の後ろは私のものなのよ、残念だったわね!」

「何、だと……!?」


会話をしながらもガキンキンカンギィン等と火花を散らしながら凄まじい攻防戦を繰り広げる二人。

見ているこっちはハラハラするやら、恥ずかしいやら……

顔が火照るのを感じて、その熱を冷まそうと縁側に座り込んで鉄扇で顔を扇いでいると。



「――やれ、またやっておるのか」



近くの部屋からヒョイと顔を覗かせたのは吉継。

あぁそういえばここは吉継の部屋に近かったな、と思い出して、吉継のもとに避難する。

「吉継、何とかしてあの二人。羞恥心で死ねそう」

「代わりにわれに死ねと申すか主は。われとてまだ死にとうはない」

何だかんだ言いながらも部屋に招き入れてくれる吉継が好きだな。

しかも私が座れるように座蒲団を部屋に用意し、お茶や茶請けも用意されている徹底ぶり……マジで吉継愛してる。

良い友を持った、と心から感動して座蒲団に座れば、目の前に吉継が御輿を下ろす。

「いやー、それにしても助かった。三成は帰ってきてからちょっとおかしいし、千鶴姫は積極的だし」

「主が何も言わずに西に飛び立つのが悪いのよ。千鶴姫に関しては、家のこともあるのであろ」

この時代の女性は家の道具として嫁ぐことが使命……分かってはいるが、考えると虚しいものだ。

千鶴姫の家は豊臣にとっても悪くはない戦力を持っているし、領地もそれなりに富んでいる。

だから半兵衛さんも千鶴姫を私の正室候補という形でキープし、人質としているのだろう。

千鶴姫の家も今のところ豊臣に着いて損はないと考えたのか、千鶴姫が“候補”という微妙な立ち位置に立たされても、文句一つ言ってこない。

「西に関しては半兵衛さんに文句を言ってよ。拒否権無しで行かされたんだから」

「主がいない間の三成の痩せ細り様は見ていられぬものであった。寝食も取らず、ただ時継の身を案じていたのよ」

やれ、三成の健気なことと言ったら……と吉継は肩を竦めた。

「うん、帰ってきて驚いたよ。三成羨ましいくらいに細かったし」

「その生活に慣れたのか、今も寝食を取らぬこともあるのよ。あれはそのうち倒れるよなァ」

やれ心配よ、とわざとらしく溜め息を吐いてみせる吉継。


――何だろう、吉継がわざとらしいんだけど。


「……吉継、何を言いたいのかな?」

「はて、何のことやら。別にわれはただ主が責任を取って三成の寝食の面倒を見てはくれぬか等と思ってはおらぬ、オラヌ」

そう笑っている吉継だが、目が本気だった。

更には吉継の背後にフワリと浮かぶ水晶のように大きな数珠が脅すように私の頭上に来たときは、流石に顔から血の気が引いた。

「――あぁあ、もう!分かったって!私が三成の面倒見て歪んだ生活習慣治します!……こう言わせたかったんでしょ!?」

「主が賢くて助かる」

ヒヒッ、と引き笑いでそれに応える吉継。

……何だか、吉継の思うように転がされた気がする。

「ご飯は一緒に食べればいいとして……寝るときどうしよう」

「何、簡単なことよ。主が傍で寝かしつければよい」

「――え、それはちょっと……あ、はい引き受けます是非とも受けさせてくださいお願いしますだから数珠巨大化させるのだけは止めて大谷刑部少輔吉継様」

「やれ主は真聞き分けのいい男よなァ」

「言わされてんだけど。ねぇ、強制的に言うように脅されてたんだけど」

茶請けをポリポリと頬張りながらそう言えば、吉継は

「気のせいであろ」

と数珠を巨大化させたので黙ることにした。











何だか最近友人が怖いです












(刑部っ!時継様がいらっしゃらな――っ!?私を裏切るのか刑部ぅぅうううっ!!!)
(ヒヒッ!やれ三成、われはただ時継が逃げ出さぬよう見張っていたのよ。主を裏切ってなどおらぬ)
(――あれ、もしかしてこのお茶や茶請けとかって罠だった的な……?)
(今頃気づきおったか。主も大概鈍いよものよなァ)
(時継様ぁぁああ!!!この度の勝負、千鶴が負けてしまいましたわ……千鶴、時継様の傍にいられない……!)
(そのまま斬滅されろ女狐)
(こらこら、三成。さっきも言ったけど女の子にそんなこと言っちゃ駄目だって)
(時継様、これは女子ではございません。私から時継様を奪う泥棒猫でございます)
(…………………………………うん?)

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