七ノ話







「――母様っ!」




朝の早いうちから人の活気に溢れる大阪の城下町。

そんな城下町の見回りと朝の散歩を兼ねて佐吉を散歩のお供にブラリブラリと歩いていれば、騒がしい城下町の中でよく響いて聞こえた子供の明るい声。

つい足を止めて辺りを見回せば、そう遠くないところに母親らしい女性と手をつないで歩く小さな女の子の姿が目に入った。

とても楽しそうに笑うその親子の姿を見ていたら、何故だか肌寒いような、心細いような、迷子になったかのような気分になって、つい。


「……元気かなぁ……」


未来にいる家族のことを思い出した。

「……?時継様、如何されましたか?」

斜め後ろを歩いていた佐吉に声をかけられ、頭の中で浮かび上がっていた家族の顔が一瞬で消えた。

それを名残惜しく思いつつ、今の私は立ち止まっている場合ではないと家族を懐かしむ心を隠すようにして“――――(あぁ、本当の名前さえ忘れかけている)”と“竹中時継”の心を入れ換え、振り返って口許を緩めた。

「――いや、何でもないよ。ちょっとおセンチな気分になっただけ」

「……せん……?お気分が優れないのですか?」

心配そうに眉を下げて見上げてくる佐吉の頭を撫でて、ニコリと笑いかけた。


――ほら、しっかりするんだ時継。

私がしょげてるとこうやって立ち止まる者もいるんだぞ。

豊臣軍に天下を取らせるためにも、誰か一人だけでも立ち止まる訳にはいかないんだ。


「平気だよ。さぁ、早く城に帰ろうか」

ポンポンと佐吉の頭を撫でて華奢な背中をそっと押して歩き出すと、歩きながらも佐吉が気遣うように見上げてくるものだから、佐吉は心配性だなぁと内心苦笑しつつ、気付かない振りをして歩くスピードを上げた。













「時継君」

城に着くと出迎えてくれたのは、白と紫を基調とした着流しに身を包んだ半兵衛さんだった。

……あれ、いつも仕事に追われてるか秀吉様の傍にいるかの二択しかないような人がお出迎えとは珍しい、明日は槍でも降るのだろうか、と不思議に思いながら頭を下げた。

「うげ……義父上自らお迎えに来てくださるなんて、時継は感激で涙が出そうです」

「そのわりには顔と言葉が合っていないように見えるのだけど?」

「やだなー気のせいですよ気のせい」

ウフフフフ、と半兵衛さんと笑顔で挨拶代わりの応酬をするのは日常茶飯事だ。

「悪ふざけはここまでにするとして……時継君、僕と一緒に散歩でも行こうか」

「お断りし――」
「君に拒否権はないよ」

……相変わらずの横暴である。

これ以上この人に逆らうものなら、私の仕事の量がいつもの倍の量となって降りかかってくるだろう。

これまでの経験から本能が危険信号を発し警鐘を激しく鳴らすので、仕方なく、渋々といった形で頷いた。

「分かりました……何処に行くんですか?」

「そうだね……久しぶりに城下町にでも行こうかな」

…………………あれ?

この人私と佐吉が来た方向見てましたよね?

私と佐吉が城下町から城に戻ってくる姿見てたはずですよね?

「城下町行くの止めません?行っても特に面白いもの何もありませんよ?」

「大阪の政を担当する君が言う言葉じゃないよね、それ」

白けた目で見られたが、こちらの言い分としてはまた城下町を見に行くのは二度手間というか、もう歩くのは勘弁というか。

とりあえず大阪の国そのものを豊かな国にしたいとの思いを基に、必死になって無い脳味噌を捻りつつ紆余曲折を経て政治の方針や策などを打ち出してきた甲斐もあり、 大阪の城下町は何とか活気盛んな平和な場所となった。

自治組織のようなものも作ったことで治安維持も保たれるよう工夫も凝らした。

それでもまだ城下町の見えない部分があるかもしれないと毎朝佐吉をお供に城下町を見回りに出るようになったのだが……如何せん、城下町が栄えると城下町の規模も大きくなっていたらしく、城下町を見回りとして一週するだけで二時間近くかかってしまうようになっていた。

つまり、人がごった返す町の中を二時間ひたすら歩くのである。

しかも辺りを観察しながらなので、非常に神経を使う。

城につく頃には身も心も疲れきっているのである。

城に着くなり鍛練に励む佐吉の打たれ強さというか、体力を分けてほしいくらいだ。

つまりつまり、今の私はかなり疲れている。

具体的に言えばふくらはぎを中心に足が痛い。

神経を張り詰めて集中していたから頭がボーッとする。

しかも今日に限ってちょっとホームシックというかおセンチな気分にもなってしまったからテンションは右下がり。

そんな状況でもう一度城下町を回れるか……答えは否である。


「みたらし団子でどうだい?」

「佐吉私ちょっと出掛けてくる」


――最近、半兵衛さんに良いように扱われてる気がします。













「――みたらしおばちゃん!」

「あたしゃ団子じゃないよ」

団子屋に駆け込むなりそう叫ぶと、団子屋のおばちゃんは慣れたように突っ込みを返しつつ、団子をすぐに用意してくれた。

長椅子に腰掛けてみたらしを頬張っていると、ゆっくり城下町を見て回っていた半兵衛さんがやっと姿を現すなり、私を呆れた表情で見つめた。

「君は花より団子だね」

「私に淑やかさを求めたら痛い目にあいますよ」

フフン、と笑うと、半兵衛さんは肩を竦めつつ、私の隣に座っておばちゃんに茶とこし餡の串団子を頼んだ。

そうしておばちゃんが店の奥に引っ込んだ、その時。


「――外国との貿易も“今”は上手くいってるみたいだね」


そう静かに話を切り出した。

……何となく、この仕事人間がただ城下町の様子を見るためだけに私を引っ張って来たとは思えなかったので、そういう話をするためにわざわざこうやって出掛けたんだろうと予想はしていた。

さて、どうやって説明をしようか、と脳をフル回転させつつ、とりあえず久々の糖分を摂取しようと二つ目のみたらしを手に取って「取り引きしたんですよ、」とそれに答えた。

「大阪に訪れる南蛮の商人から南蛮の情報を色々聞いてるうちに、今ヨーロッパは絹が欲しいのではないかと思いまして。目星を付けて、交渉したんです」

片寄った日本史の知識しか頭にないため、世界史の知識はほぼ皆無に近いのだが、それでも日本史の内容を思い出しながら外国と日本の接触の事柄を思い出して、今ヨーロッパは貴族中心の世界なのではないかと予想をたてた私は、貴族が好んで絹のドレスやら服やらを身に纏っていたことを思い出した。

そうして絹糸や絹製品を外人の商人を中継役に輸出すると、狙いは当たったらしく、まあまあ稼ぐことができた。

「まだ色々と問題はありますけどね。南蛮の言葉は難しいですから」

英語が共通語の世界にはまだ程遠いせいか、オランダ語を主にポルトガル語、中国語など、様々な言語が市場で行き交っている。

まぁ、本格的に世界進出をしていないぶん、まだ日本語で話が通じているのが幸いではあるが。

「――君は、本当に博識だね」

何処か楽しげな口調で半兵衛さんが言う。

「南蛮の言葉も理解しているし、君が打ち出す政の策も突拍子のないものばかりだ」

可笑しくて堪らないとでも言いたげな半兵衛さんの様子に思わず半兵衛さんを凝視した。

私の出す政策の案は、現代の日本の政策や、歴史上で覚えている政策の案を真似たものがほとんどだ。

私が未来から来た存在だから打ち出せる政策の数々……考え方もこの時代の人達と大分違う。

だから、半兵衛さんの反応は見慣れてきた光景の一つでもある。

私の政策を愚かだと言う人、面白いという人、名案だと言う人……名案だと賛同してくれる人は少ないが、その賛同してくれるメンバーに秀吉様と半兵衛さんがいるから、私の政策は通る。

そのせいで一部の人達というか、政に関わる文官のほとんどの人達からは妙な反抗心というか、妬みや敵意を向けられた。

そうしてその人達から敵意を剥き出しにされた時、私はすぐに周りから浮いてしまって、どうしようもない程の孤独から虚しさを覚える。

元来ビビりの私にその環境はまるで剣山のようなもので、その圧倒的な孤独を前に、自分はこの世界でたった一人なのだと認識させられたような思いを味あわされた。

私が未来から来たということ、私の考えを理解してくれる人がいないから、そう感じてしまうのかもしれない。

「いったい君は、その知識を何処で学んだのかな」

そう言って微笑する半兵衛さんを見て、フルリと体が震えた。


――半兵衛さんなら、私が未来から来たのだと言っても信じるのだろうか。


そう期待にも似た思いが胸を過った。

そうだ、半兵衛さんなら、もしかしたら――淡い期待から咄嗟に口を開く、が。



ズキリ



心臓に鋭い針が突き刺さったような痛みを感じた。

まるで警鐘のように感じる“それ”。

始めは全く意味が全く分からなかったが、もう一度心臓を襲った痛みに、何となくその警鐘の意味が分かった気がして、あぁそうか、と納得をした。

それと同時に、自動的に唇が笑みの形を作る。





「……さぁ?何処で学んだのか、もう忘れちゃいました」




――結局は、拒まれるかもしれないと怯える弱い心が邪魔をするのだ。

相手の反応が怖いから、私は話すことが出来ない。

私の顔を静かな瞳で見つめた後、半兵衛さんは穏やかな微笑を浮かべながら言った。

「……時継君、この団子を佐吉君と紀之介君へのお土産にするといいよ」

そうして手渡されたのは、いつの間に用意していたのか、淡い色合いの上品な和紙でくるまれた二つの団子。


――気を、遣われてしまった。


今の豊臣軍は、大阪は、まだ他国に比べると発展途上の国で、他国に追い付くためにも更に成長しないといけない。

私のこの未来の知識を最大限利用すれば、きっとその成長は飛躍的に伸びるのだろう。

そのためにも何故私がここまでの知識を有しているのか、とても知りたいだろうに、それでも無理に聞こうとしない半兵衛さんは、私のこの臆病な心を理解してくれているのだろうか。

そういう風に期待して、その優しさに甘える私は、どれだけ甘ったれの子供なのだろう。

そう自己嫌悪していても、


「さぁ、帰るよ。秀吉達が待っているからね」


長椅子から立ち上がり、こちらに向かってニコリ、と朗らかに笑って手を差し伸べる半兵衛さん。

――その優しい笑顔が眩しくて。

差し伸ばしてくれるその温かい手は、孤独に怯える弱い心を解そうとしてくれて。

ここにいてもいいのだと言われているような気がして、嬉しくて。

私を包み込んでくれるような半兵衛さんの優しさは、未来の世界にいる家族を思い出してしまって。



「……はい、お父さん」



驚いたように、半兵衛さんの目が丸くなる。

が、すぐに。

「……やれやれ、僕はこんなに手のかかる子供を持った覚えはないよ」

「いや、これでも一応貴方の養子なんですけど」

呆れたようなその表情はやっぱり何処か、“暖かさ”を感じて。


――結局は、家族だからと甘えてしまうのだ。












血の繋がりはなくとも












(さぁ、城に帰ったら仕事だよ)
(えー……佐吉と紀之介と団子食べてからでいいですか?)
(終えていない仕事が終わってからならいいよ)
(半兵衛さんのドS、きち――ってななな何で武器構えてんですかっ!?)
(何となくだよ)
(くそぅ、ドSの意味を空気で察知するとは……さすが小悪魔の皮を被った悪魔だ)
(時継君、後で僕とじっくり話し合おうか)
(お断りし――)
(君に拒否権はないよ……あぁ、いけない、もうこんな時間か。早く帰って秀吉と茶会の準備をしないと)
(……は?私だけ仕事なんですか?)
(いや、君も参加だよ。だから茶会の前までに早く仕事を終わらせるんだ。終わらなかったらおやつは抜きだよ)
(もうやだこの人……)

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