「こんにちはー現像お願いしまーす」
「いらっしゃい、適当にどーぞ」
学校指定の鞄から、フィルムカメラを取り出して手渡せばトサカ頭の店主、黒尾さんは読んでいた雑誌をしまって奥に消えていく。丸椅子をカウンターまで引っ張り、スカートを押さえつつそこに座った。
「今日も待つんだろ?」
「うん」
「どーぞ」
いつからか暇潰しと称して黒尾さんが淹れてくれる珈琲を飲みながら、写真が仕上がるまでくだらない雑談をする、それが私の日常。黒尾さんは仕事中にも関わらず、私の話を楽しそうに聞いてくれる。
「元バレー部の友達が酷いんですよ、試合中私ばっかりスパイクで狙ってきて」
「ははっなまえちゃんは運動音痴だからな、俺でも狙うわ」
「黒尾さんのスパイクなんか受けたら死にます」
「死なねーよ」
ぶひゃひゃ、独特な笑い方をする黒尾さんが元バレーボール選手と聞いてから、何度か体育でバレーを選択するがなかなか楽しさが分からない。
「今度教えてやろうか?」
「スパルタっぽいんで嫌です」
「副業でバレーコーチしてっから教えるの上手いよ、俺」
「スパルタは否定しないんですね」
ニッコリと笑うその顔がどう見ても何かを企んでる妖しい顔で。こういう顔をしている黒尾さんはロクでもないことを考えている、この数年で学んだので「そのうち」と誤魔化しながら珈琲を口にした。
「楽しみにしてる」なんて言いながら頭を撫でる黒尾さんに向かって珈琲を吹き出さなかった私を誰か褒めて欲しい。
「子供扱いしないでください!」
「はいはい」
「次やったら悲鳴上げて泣き喚きますよ!?」
「いや、それやられたら本当人生終わるからやめてね」
タラシめ。恨みがましく睨んだが、黒尾さんは写真を仕上げに席を外してしまった。仕方ないのでカウンターに突っ伏しながら黒尾さんの後ろ姿を眺める。
デジタル社会のこのご時世。わざわざフィルムカメラを使うのも、体育でバレーなんて技術が必要な種目を選択するのも、接点が欲しかったからって言ったら笑うかな。珈琲だって黒尾さんが飲んでるからちょっと背伸びして頑張ってるんだよー…砂糖多めだけど、なんてそれこそあの独特な笑い方で涙が出るほど笑われるだろう。
「ほら、出来たぞ」
「…ありがとうございます」
仕上がった写真を受け取ってパラパラと眺めたが、やっぱり私には黒尾さんのような才能はない。ただの空っぽな写真だ。
「不服そうだな」
「だってつまらない写真ですよ、もう辞めた方がいいですよね…」
「そんなことねぇよ。俺は好きだぜ」
そんな風に笑うから思わず写真を落としてしまった。顔に熱が集まる。黒尾さんは私が落とした写真を拾っているので気付いていない。
「ったく、気を付けろよ」
「あ、あああありがふッ」
「噛むなよ」
あぁ、結局ぶひゃひゃひゃと笑われてしまった。更に顔が熱くなる。からかわれているのは分かってるけど、黒尾さんみたいなポーカーフェイスなんて出来やしない。ーっと唸っていると名前を呼ばれた。
「…な、」
に、と言うのと同時にカシャッと音が響く。目の前にはカメラを構えた黒尾さん。一気に血の気が引いていくのが分かった。カメラを奪う前に黒尾さんは腕を上げるので背伸びをするが、190近い黒尾さんの腕に届くはずもなく。
そのまま楽しそうに写真をプリントしようとする黒尾さんを制止しても、素知らぬ顔をして5分も経たずに写真にしてしまった。
「ほら、いい写真」
「黒尾さん!何で!!」
「俺の持論。いい被写体はいい写真を撮れるってな」
…これは励ましてもらってるのだろうか?手渡された写真には顔を赤らめた私が写っていて、やっぱり私が良いんじゃなくて黒尾さんの腕が良い、と思う。
「んだよ、俺が信じられねぇのか?」
「いや、そうじゃないですけど…てか自分の写真とか反応に困ります」
「そりゃそうか」
んじゃ、またカメラを構える。さっきと違うのは黒尾さんの右手が私の肩に回っていること。
「はい、カメラ見てー」
「は!?」
またカシャッと無機質な音が響いて、私が硬直してる間に黒尾さんは写真をプリントしてしまった。手渡された写真には黒尾さんとのツーショット。
「な?」
「…相変わらず髪型凄いですね」
「うっせ」
本当はもっと言いたいことがあるんだけど、生憎もう帰る時間。両親が少し厳しいことを知っている黒尾さんは暗く前に早く帰れと私を促す。
「気を付けろよ」
「…うん、さようなら」
「またな」
お金を払って店を後にする。元気付けられたこと以上に思いがけず手に入ったツーショット。傍目から見れば怪しいだろうが嬉しくてにやけてしまう。
もう少し、写真を続けてみよう。
家に帰る足取りは軽かった。
「お、研磨。どーした」
「カメラ壊れた」
受け取って見てみるとシャッターが壊れていた。これは本格的に修理しなきゃマズいな。
俺がチェックしている間に研磨がバレーの写真の前で立ち止まる。
「…何でバレーの写真と一緒に女の子とのツーショット飾ってんの?」
「良い写真だろー?」
「ふーん」興味なさげに呟く研磨。カウンター側に置いたなまえちゃんの写真に目をやる。これでしばらく写真を続けてくれるだろうか。
きっとなまえちゃんは俺以上に良い写真を撮れる。
俺の気持ちなんざ、その後でいいだろう。
珈琲飲んでたら今度こそ吹き出すだろうな、なんてなまえちゃんの写真を眺めながらにやけていると研磨に冷たい目で見られていた。
「未成年に手を出したら犯罪だからね、三十路手前」
歳をとってもこの幼馴染みに隠し事は出来ないらしい。
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