それなりに遊んできた。今だってそうだ。だから隣を歩く、自分よりも頭ひとつぶん以上小さくて体も華奢な少女の気持ちには気付いていないふりをしている。
自分が高校生の頃は簡単に女の子に手を出せていたと言うのに、いざ高校を卒業して別の立ち位置から女子高生というものを見てみるとどうして自分はあんなことが出来ていたのだろうかと不思議に思うくらいの儚さがあった。

今となっては既に懐かしい、かつて自分が毎日のように着ていた青葉城西の制服を身に纏って幸せそうにクレープを貪るなまえは、何一つその胸に秘めた気持ちを隠そうとせずに口の端にクリームをくっつけながらきらきらとした瞳を俺に向ける。

「一口食べます?」
「いーよ。お前食いな」
「えー」

ー花巻さんですよね。…二年前バレー部のレギュラーだった。

今のバレー部はどうなっているのかと母校の試合をついで程度に見に行った時、隣で観戦していた女の子に声を掛けられた。ですよね、と断定的に聞いてきたわりに控えめにこちらを伺う彼女に、隠す必要もないとゆっくり頷くと八の字だった眉を嬉しそうに上げて「ファンだったんです!」とそう言った。彼女は現在3年生で、弟が今青城バレー部の1年生でWSをしているらしい。通りで…と、心の中で納得する。ファンだと言われて悪い気はしなくて、彼女と並んで試合を観戦することになった。1セットだけ…と思っていた試合を結局最後まで見てしまい、ついでに彼女と連絡先を交換してしまった。相手は女子高生だぞ、と思わなかったわけではない。

所謂「今時の女子高生」であるなまえからの連絡は途絶えることなく、自分は自分で講義の合間に、バイトの合間に、彼女との雑談を楽しんでいたし、暇が出来れば会うこともあった。そう、今日みたいにだ。俺はそこまで鈍くもなければ馬鹿でもないから、彼女からの好意にも連絡を取り合っているうちに気付いた。

「花巻さん甘いの嫌いですっけ」
「いや?どっちかって言うと好き」
「なら…」
「いーの。オニーサンにカッコつけさせなさい。食べたいものは食べな」

彼女の髪の毛が揺れた。納得いかなそうな顔で俺を見上げ、けれど結局最後には不服そうな表情で俺を見上げたまま食べかけのクレープにまたかぶり付いた。
好きか嫌いかで言えば好き、だ。それに手を出そうと思えばいつだって出せる。はず、なのに、いつだって伸ばした手を引っ込めてしまう。俺が軽率に手を出せば、こんな俺のことを好きでいてくれる彼女を傷つけてしまうだろう。女子高生とはこんなにも脆いものだったのか、大人みたいに上手く好意を隠すことも出来なければ、恋愛に対して大きな期待を持っている。…そんなもんじゃない。恋愛なんて、そんな期待するほどのものでは、ない。

「花巻さん、花巻さん」
「んー?」
「あそこの犬おっきい、可愛い」

つん、と俺のシャツの裾を引っ張ってなまえが指を差す先にはラブラドールレトリバー。道路を挟んで向かいにある店のテラス席、飼い主の椅子の下で大人しく伏せている。

「お前犬好きなんだっけ」
「うん好き。可愛いじゃないですか、ポメラニアンとかもふもふ」
「あー、あれは可愛いよな」

同意すると、なまえは満足そうに微笑んだ。食べ終わったクレープの包みを綺麗に畳みながら、ゴミ箱ないかなぁと辺りを見渡す。俺もゴミ箱を探そうと反対側を見ると、丁度横を通って行った女子高生ふたりがツイッターがどうのこうのという話をしていて、なんとなくその話題をそのまま口にしてみる。

「…なぁ、お前もツイッターやってんの?」
「?やってますよー。さっきもクレープの写真アップしてきました」
「…へえ」

辺りを見渡しながら答えるから、返事はどこかおざなりだ。…クレープの写真。そう言えばさっき、なまえはクレープを写メっていた気がする。あれはツイッター用の写真だったのか。…何という言葉と共に、彼女はツイッターにその写真をアップしたのだろう。

「花巻さんはやってます?あっ、ゴミ箱あった」
「…やってるよ。ネムイとかそんなんばっか呟いてる」
「え!教えて下さい」
「んー、あとで気が向いたらネ」

けちー、なまえがそう言いながらゴミ箱に走った。ぽい、とゴミを捨てるとすぐにこちらに戻ってくる。ご馳走様でした、と律儀に返すところが彼女らしい。

分かり易い好意だった。何度も言うけど本当に。すぐに顔に出る彼女が可愛いと思いつつ、けれどこれがどういう感情なのか測りかねていた。…今までまともな恋愛なんてしてこなかったからだ。簡単に手が出せないのは彼女のことを大事に思っているからなのか、…それとも。
傷つけたくない、笑っていて欲しい、純粋なまま汚れずに、どうかきらきらした恋をしていて欲しい。こんなの、俺のエゴだと頭では分かっているのに。

「あっねえやばい、花巻さんはやく。電車遅れちゃう」
「えっまじで。そんな時間やばいっけ」
「やばいです!」

なまえがするりと俺の手を取った。…あ。と思った時にはもう遅い。もしかしたらなまえはこれを狙っていたのかもしれない、クレープが食べたいだなんて言い出してあんなに時間をかけてどれにするかで悩んで。ゴミ箱を探すためにゆっくり歩いたりなんかして。わざわざ足を止めてラブラドールレトリバーを指差したりして。その証拠に先ほどまでうるさく口を開いていたなまえは別人なのかと思うくらい大人しくて、ついでに後ろから見える耳は心なしか赤い。

「…なまえー」
「なっ、なんですか」
「…いや。なんでもない」

今までまともな恋愛なんてしてこなかった。簡単に女の子に手を出していたし、きっとたくさん傷つけてきた。…だから、傷つけたくなくて、笑っていて欲しくて、ずっときらきらしていて欲しいと思うそれが一体なんなのか、…彼女よりも恐らくそのへん幼稚な俺には分からないけれど、今だけはその白くて細い手を握り返してみるのも悪くないかな、なんて。

そうしたら彼女は、一体どんな顔をして振り返るのだろうか。


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