「花巻先生、質問があるんですけど!」

職員室で昼飯食おうとしていた俺のとこに、上履きをぱたぱたと鳴らしながらみょうじが駆け寄ってきて、数学の教科書を広げようとするから片手で止めた。

「飯食った後でな」
「じゃあ一緒にご飯食べていいですか?さっきパン買ってきたので」
「教室で友達と食えよ」
「えー先生と食べたいのに…」

しゅん…、と見るからに落ち込まれて、食おうとしてたコンビニの弁当を持って立ち上がり、職員室の出口に向かえば、花巻先生?と首を傾げたまま突っ立っている。

「質問あんだろ、空き教室行くぞ」

またスタスタと先を歩き出すと、待ってください!と嬉しそうな声でついてくる。ほんと分かりやすいヤツ、と背中で笑った。

「だから、これはこの公式当てはめてって前に…つか、お前公式覚える気ある?」
「あ、あります!」
「ほんとかよ…」

机を挟んでみょうじがどうしても分からないと言った問題を教えながら弁当を食う。必死になって問題を解こうとするみょうじを見守って、それ終わったらみょうじも昼食えよ、と言えば、はい!と元気な良い返事。

「みょうじって現国は成績いいのにな」
「現国は好きなんです」
「数学も好きになってくれよ」
「好きになりたいから、こうして質問しに来てるんですって」
「その努力は認めるけどな」

確かに最近こうやってよくみょうじにマンツーマンで教えているなと思う。昼休みだけじゃなくて放課後にも来ることがある。欲を言えば、もう少し成績っつー結果に結び付いて欲しいもんだが、まあそこはおいおいで構わない。まずは生徒のやる気を尊重したい。ってなんか今の教師っぽいな俺。教師なんだけどさ。

「花巻先生は高校のとき、何の教科が好きだったんですか?やっぱり数学?」
「え、俺?」

突然そんな質問されると思ってなかったからちょっと考え込む。ぶっちゃけ勉強はどれもそこまで好きでも嫌いでもなかった。数学は得意で成績は良かったが、授業やテストはめんどさいし眠いし腹減るし、とりあえずさっさと放課後になって部活してえなって、毎日そんな感じだったことを思い出す。

「先生?」
「…バレーかな」
「バレー?バレーってバレーボールのバレーですか?」
「俺のバレリーナ姿なんか見たいか?」
「ふふ、それはそれでちょっと気になるけど…そっかバレーか、だから背が高いんだ先生」

でもそれって教科じゃないですよねって、くすくす可笑しそうに笑うみょうじに、確かに、と俺まで釣られて笑った。

「解けました!そっか、ここでこの公式使うんですね、やっと分かりました。ありがとうございました」
「じゃあさっさと飯食え。昼休み終わっちまうぞ」

慌ててみょうじがお菓子みたいなパンの包みを開けて食べ始める。そんなんで晩飯まで持つのかって呆れつつ、自分だって最近コンビニの弁当ばっかだし人のことは言えないかと食べ終わった弁当に蓋をした。

「えっ待ってください!私まだ…っ!」
「食い終わるまで待ってるから、んな急いで食わなくていいよ」

もぐもぐパンを頬張るみょうじを、小動物みたいだな、と思いながら机に立て肘ついて見ていると、突然みょうじが食べるのをやめてしまう。「どうした?」と聞けば、ちょっとだけ頬を染めながら、「…そんなにじっと見られたら食べにくいです…」と小さな声で返された。

「あ、わりぃ。なんか可愛いなと思って」

ハムスターみたいで、と言おうとする前に、みるみるうちにみょうじの顔が真っ赤になっていくから、何故か俺まで照れて言葉を失った。生徒とこんな甘い空気だめだろと思っても、この空気を取っ払える上手い言葉が浮かばない。そんな沈黙を先に破ったのはみょうじだった。

「……今度、花巻先生がバレーしてるとこ見てみたいです」

そう言って、ふにゃっと、なんとも言えない顔で笑った。ほだされるってこういうことかと思いつつ、みょうじの頬についてたパンのカスを取ってやる。

「バレーしてる俺はかっこよすぎてみょうじが惚れちゃうからだめだな」
「なにそれ…自信過剰ですよ先生」

笑いながらやんわりと断る俺に呆れたような声で返して、それから落ち込むように俯いたみょうじ。その耳元にそっと囁く。

「みょうじが卒業してもまだ見たいって思ってくれてたら、いくらでも見せてやるよ」


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