5つ年上の彼がめでたく東京の会社へ就職が決まった。そこは田舎者の私たちでも知っている大手会社で、年中無休の無気力な英くんがどんな手を使って採用されたのか、金田一さんと私の中で大きな疑問となった事は言うまでもない。
 そんな英くんは東京への引っ越しの準備やら会社に送る書類やらで忙しい日々を過ごし、私も私で、学期末テストがあったからそれなりに忙しかった。結果的にもうすぐ離ればなれとなってしまう恋人と大した思い出も作れずに、今日を迎えるはめとなった。…明日、英くんは東京へ行ってしまう。私の知らない土地で、彼の新生活が始まるのだ。
 表面上では喜んでいた私もいざ本当に行ってしまうとなると上手く笑えなくて、でも「行かないでください」なんて言えるわけがなくて。普段の寝る時間をとっくに過ぎた時計の針が憎たらしい。寝てしまったら、朝になってしまったら、もう英くんとは今までみたいには会えない。もし私が英くんと同い年だったら、東京まで連れて行ってくれたのかな。


「なまえ、話がある」
「…うん」


 英くんと私の家はお隣さんで小さい頃からよく遊んでいた。お互いの親同士も仲が良くて、私たちがお付き合いをしている事もちゃんと知っている。だからこうやってお泊りをする事も可能なわけで、歳の差以外は恵まれているなぁなんて感じる事がしょっちゅうだ。ただし、歳の差は絶対に含まれない。ずっと対等でいたいって思ってた。


「これ、東京のアパートの合鍵」
「え、あ…ありがとう」
「抜き打ちで浮気調査しに来いよ」


 おずおずと差し出した手のひらにしっかりと合鍵を握らせてから、英くんはベッドに座っていた私のすぐ横へ腰を下ろす。肩なんか当たり前にぶつかってしまうくらい近い距離。そんな温もりにすっかり慣れてしまった自分がいた。明日からこの小さな温もりがいなくなってしまうのはなんだか信じられないけど、瞳にはすっかり物が少なくなってしまった彼の部屋が鮮明に映っているから、現実逃避をできそうにもなかった。


「もっと甘えてくるかと思った」
「へ…」


 そう一言呟き、大好きな微笑みを向けてから彼は私の背中へと腕を回した。あっという間に胸の中へと引き込まれ、「寂しいね」なんて柄にもない事を言うから。今まで必死に我慢してきたものも呆気ないという言葉がお似合いだ。英くんのパーカーを容易に濡らしてしまう自分の涙は、1度流れ出すと止まりそうにない。
 優しく背中をさすってくれる英くんが、朝にはいなくなる。いなくなっちゃうんだ。


「ちょくちょく帰るから」
「…約束だよ」
「うん。約束」


 ゆっくりと押し倒され、受動的に変わる視界の中に映った時計の針はとうに“明日”を迎えていた。「本当に行っちゃうの?」ついつい出てしまった本音も、彼のパーカーを握り締めた手も、この時は気にならなかった。「もっと早く甘えろよ」キスの雨が降り注ぐ前に映る彼の表情もまた、悲しそうに歪んで見えたのは、歪んだ視界の中で見た景色だったからなのか。
 目を瞑るとあっという間に朝を迎えそうで怖いのに、彼が最初にキスを落とした場所は瞼だった。
 

「…愛してる」


 私はまだ高校生だ。まだまだお子さまだ。愛してると好きの違いも分からない。けれど、英くんの真似をし「愛してます」と伝えれば嬉しそうに唇を合わせてくれたから、それだけで十分なのかもしれない。
 大人のフリして明日を受け入れるように、今度は自分から目を閉じた。それでもやっぱり寂しいので、眠れないくらい愛してください。


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