「見回り行ってきます」
「おー気をつけろよ」


ウス、と返事をして自転車のスタンドを蹴る。ガシャンという音を聞いて跨り、重いペダルをゆくっりと踏んだ。駐在所に勤務してから2年と少し。最初は地域の人とも顔見知りではなかったし、交番にやってくる案件に戸惑っていたが、もうすっかり馴染んだように思う。
一丁目の商店街からぐるっと回って、小学校と隣接する中学校の周りを漕いで、近くの高校を通り過ぎた時に、ふと一人の少女を思い出した。


「…公園も見てくか」


ぼそりと独白を吐き、最後に近くの公園を寄っていくことにした。キッとブレーキ音を鳴らして入り口に自転車を停め、公園へと足を踏み入れる。シャリシャリと土を踏みながら進むと、ポツンとブランコに一人寂しげに座っている姿を見つけて思わず溜息を吐いた。


「あ、岩泉さんこんばんは」
「こんばんはじゃねえよ。何してんだ帰れ」


こちらに気づくとふわりと微笑んだ少女は、先程通り過ぎた高校に通う生徒でみょうじなまえ。近頃俺を悩ませる人間だ。2か月程前にフラフラと歩いていたコイツを補導してから妙に懐かれてしまった。こうやって俺が見回りをすると大抵一人で公園にいる。
ここら辺は繁華街からは少し距離があるし比較的に治安は良い方ではあるが、夜遅くに女子高生が一人でで歩くのが危険であることには変わりない。俺は顔を顰めるが、みょうじはへらりと笑った。


「岩泉さんに会いたくて」
「ふざけんな」


ピシャリと咎めると「ちえー」と口を尖らせた。見つけてしまった以上一人で帰すわけにも行かないので、「帰るぞ」と声をかけてみょうじが立ち上がるのを待った。みょうじが立ち上がったことで、ブランコがユラユラと揺れる。俺はそれを一瞥して、みょうじへと視線を戻す。


「帰りましょ、岩泉さん」


嬉しそうに微笑む少女に、俺は重い溜息を吐き出した。家に帰りづらいというわけでも、何か悩みがあるというわけでもないということは、この2か月間でわかった。俺に会いたくて、という理由で待っていることを最初は信じられなかったが、それでも隣を歩いている時に緩む頬だとか、時折寄越す熱っぽい視線だとかに自惚れではないことを自覚した。
気持ちを隠すには幼くて、軽くあしらうには大人。そんな厄介な存在であるのだ。

再びガシャンとスタンドを蹴って自転車を押す。


「後ろに乗っけて下さいよ」
「違反だっつの。アホか」


おら歩け、と言えば頬を緩めて歩き出した。ふわふわと揺れるみょうじの髪や、鼻腔を擽る甘い匂いなんかは、"女性"のモノで。身に纏う制服やあどけなさの残る顔立ちは"少女"のモノで。
その指を絡め取ることは出来ないけれど、しっかり見ておかなければどこかに行ってしまいそうな危うさを持っている。


「岩泉さん」
「なんだ」
「卒業したら、連絡先教えてくれますか?」


じいっと俺を射抜く双眸は、やはり熱を孕んでいて、妙に色っぽい表情だった。どこで覚えてくんだそんな顔。


「さあな」
「あーずるいはぐらかした」
「うるせえ」
「やっぱりこんなコドモには興味ないですか?」


試すように俺を見上げるみょうじ。そんな表情をしといてどこがコドモなんだと心の中で反論する。コツコツと二人分の足音が不規則に響く。冷え込んだ風がピュウッと吹いた。すぐそこまで見えているみょうじの家を視界に入れながら、コイツの卒業式は明後日だったかなと記憶を辿った。

コツン、と足音が止む。相変わらず見上げてくる視線に小さく笑った。


「あそこの公園は見回りルートには入ってねえ」
「え、そうなんですか?」
「それでも顔がチラついて遠回りして寄るくらいには、興味ある」


コドモだなんて、思ってねえよ。みょうじは顔を手で押さえた。


「…岩泉さん狡いです」
「おーそうか。オラ着いたぞ。家に入れ風邪ひく」


赤く染まった頬を見たい気もするが、とりあえず帰るように促した。すると不意に、肩に重みがかかって少し身体が傾いた。立て直そうとするよりも早く、頬に触れた柔らかな感触に不覚にも呼吸が止まる。


「…おやすみなさい岩泉さん」
「て、めえ!」


みょうじはパタパタと走って家へと入って行った。恥ずかしがるなら最初からすんなっつうか…、


「やられた」


頬を手で押さえて立ち尽くす。じわじわと熱が込み上げてきてしょうがない。はあっと息を吐いて、自転車に跨る。卒業式を終えたアイツが、制服を脱ぎ捨てて会いに来たら、その時に仕返ししてやろうと心に決めて、俺はペダルを踏んだ。



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