初恋は小学1年生の頃。毎朝一緒に登校してくれた、近所の5つ上のお兄さんだった。

初恋と言ってもそれは幼い憧れのような感情で、彼が中学生になて会えなくなると、そんな思いもすぐに消えてしまったのだけど。

そして現在、高校2年の晩秋。私は10年前と同じ人を好きになっていた。





「やっぱ暗くなると寒ぃな…」
「今日ずっと寒かったですよ、練習中熱くなりすぎじゃないですか?」
「うっせ」


なんとなく選んだ工業高校、なんとなく引き受けた男バレのマネージャー。まさか初恋の相手がいたチームだとは知らずに1年を過ごし、ついに再会したのはこの間の夏休みのことだった。

監督が練習相手にと呼んだOBさんたち。その中に、二口さんはいた。覚えてますか、と声を掛けたらきょとんとされたけど、名前を伝えるとすぐに思い出してくれたようで、「なんか、“女子高生”って感じになったな」とよく分からない感想をいただいた。女の子らしくなったっていうことでいいんだろうか。

二口さんは歴代最強のブロックを誇った代の主将だったのだと、監督が教えてくれた。今でも社会人チームでバレーを続けているんだとも。確かに試合をみていると、サーブもスパイクも強烈で、WSらしいのにMB顔負けのブロックの上手さだった。

けど高校生に混じっても違和感が無いほど若い、というか、子供っぽい。めちゃくちゃ年が離れているわけでもないから当然かもしれないけど、小学生の頃と同じ雰囲気の笑顔に少し安心した。

その日は二口さんは自宅に帰るという事で、久しぶりに並んで歩いた。


「次はいつごろ来れそうですか?」


夏休みに来て以来、二口さんは三連休などを利用して、ちょくちょく練習に参加していくようになった。どうやらいつも実家に泊りがけで来るようで、私は一緒に帰れるのを楽しみにしているのだった。もちろん、表向きの理由は選手の練習になるから、だけど。


「年末年始にはまたこっち戻ってくるから、冬休み中だな。また部活の予定教えて」
「はーい、お土産待ってますね」
「調子のんな」

べしっといい音がして、額にひりひりとした痛みが走る。女の子にデコピンとかひどいですよ、と痛むそこを手で押さえて睨めば、鼻で笑われた。やっぱ性格悪いなー。でもちょっと触れられたことに喜んでいる自分もいるわけで、つくづく自分は馬鹿だなと思う。

「グミ買ってやるからそれで我慢しろ」
「それで喜ぶの二口さんだけじゃないですか」
「じゃあなんも無しな」
「……いただきますありがとうございます」
「太っても知らね」
「理不尽!」

帰り道の途中のコンビニに寄って買い食いするのも、ここ数回で恒例になりつつある。少しでも長く二口さんと一緒にいたいから、私としては嬉しい限りだ。

普段は自分で買うけれど、今日は本当に二口さんが買ってくれた。店から出て、ほい、と手渡されたハート型のグミにニヤけそうになる。ピーチ味にしたのも正解だったなぁ。

緩みかけた顔を隠すために、ジャージの前を1番上まで閉めて口元まで上げると、「そんなに寒い?」と首を傾げられた。すみませんちがいます。

「お前昔から寒がりだったもんな」

いや別に今そんなに寒くは無いんですけどね、とは言わないでおいた。寒がりなのは事実だし、冷え性だからこの時期になると指先は常に冷たい。

「私そんなに小さい頃から寒い寒い言ってました?」
「言ってた言ってた。なのに手袋してこねーの。見てるこっちが寒いのなんのって」
「え、手袋無しとか馬鹿ですね信じられない」
「流石に雪降り始めた頃にはつけてきたけどな。
 そんで、なんでしてこねーの?って聞いたんだけど、なんて答えたか覚えてる?」

にやりと笑った顔が怪しかったけど、私は正直に首を横に振った。今では雪が降ってなくても手袋を2枚重ねにすることもあるらいなのに、雪が降る直前まで手袋なしとか意味が分からない。

答えを教えてくれるとばかり思っていたのに、二口さんはそっかー、と笑ったきり黙ってしまった。え、私なんて言ったんですか。尋ねると、知りたい?と質問返し。そんなに勿体ぶられたら気になるに決まってる。

「けんじ君とおててつなぎたいから、てぶくろしない!って」
「は」

突然の裏声とその衝撃的な内容に唖然とする。10年前の私はそんなことをのたまっていたと?いや小1なんてそんなものかもしれないけど。10年後のことをもっと考えてほしかった。

「素直で可愛かったなーあの頃は」
「……………」
「アララ、照れた?」
「ちょっとタイムトラベルの方法考えてるだけです」
「なんだそれ」

二口さんはそう言ってまた笑ったけど、あの、ほんとに恥ずかしい。いくら10年前の、本当に子供だった頃の発言とはいえ、そんなあからさまな告白まがいの事を言っていたなんて……。

「ていうかなんでそんな些細なことわざわざ覚えてるんですか…他に女の子に言われたことないんですかそうですよね工業高校出身ですもんね小学校の頃くらいしか華々しい思い出なんてないですよね」
「喧嘩売ってんのか」

今度は熱くなった顔を隠すためにジャージをもう一回上に引っ張って、照れ隠しにいつもの憎まれ口。あーほんとに素直じゃないな、昔みたいに素直になれればいいのに。いや、流石に昔みたいには無理だけど。

それでも、好きな人と居る時くらいもっと可愛げのある事の1つや2つ言えたらいいのに、と思う。寒い、って言われたら、汗冷えたんですかね、とか、風邪引かないでくださいね、とか。もう少し言い方もあっただろうに。

「ほんと、素直じゃないですよね、私」

はぁ、とジャージの中に溜め息をこぼすと、不意に頭の上に大きな温もりが置かれた。二口さんの手だ。

「そーやって照れ隠しに生意気言ってくんのもかわいーと思うよ?」

ぽふぽふと私の頭の上でバウンドした手が、すっと下がって私の冷えた手に触れた。うっわ冷てぇ、と言いながら私の手を包み込んで、温めるようにきゅっと握る。え、えーっと…?

「ふ、たくち…さん…!?」

ここまでなんとか冷静に状況を説明してきたけど頭の中はパニックだ。なんで私は小学生でもないのに手を繋いでいるのだろう。というか今二口さんはなんて言った?かわいい?子供っぽいってこと?

あわあわと距離をとろうと試みるけど、そもそも手を繋がれているのでそんなことが出来るわけもなく。落ち着けよ、と今度は呆れ顔の二口さんが溜め息をついた。

「あのさ、」
「は、い……」

「今はまだ素直に思ってる事言おうとなんてしなくていいから」
「今言われても、その、なんもできねーし」
「お前が卒業するまで待ってるから、それまでは今まで通り生意気でいてよ」


サァ、と風が抜けて、沈黙が落ちた。




なんだか衝撃的な発言をしてくださった気がする。
勉強は得意とは言えないけれど、たった今遠まわしに言われた事は分かった。心臓が破裂するんじゃないかってくらいドキドキするけど、なんとか声を絞り出そうと口を開く。

「…気づいてたんですか」
「なにが?」
「……ほんとに、性格悪いですね」
「はは、ほんと生意気」

でも、それでいいんですよね?心の中で呟くと、なんだか暖かいものがじんわりと胸に広がった。

さっきまでのもやもやとした気持ちの悪い悩みがすっかり晴れている心地がする。好きな人の言葉で悩み、好きな人の言葉であっさり立ち直るなんて。我ながら単純だ。

ほのかに街頭に照らされた二口さんは、今までに見たことも無い顔で笑っていた。人を馬鹿にする時とも、スパイクやブロックを決めた時とも違う。

その笑顔に少しだけ素直になれる気がして、私はそっと、繋がれた手を握り返した。


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