いつだって年上の人に憧れていた。
周りの男子を見ても、幼いだとか、ガキだとかそういう感情しか抱いたことがない。


「みょうじは大人だな。」
「たしかに周りにはおばさんだとか、悟ってるとはよく言われますね。」
「きっと周りの奴らが焦ってるだけだぜ。」


と彼は余裕そうにニヤニヤ笑う。そういうところも含めて彼は大人だ。
それが悔しくて目の前の男を睨むとそれを察したのかまた調子が良さそうに振る舞うものだからカチンときて困らせてしまいたくなった。


「黒尾先生ってかっこいいですよね、」

「…またまた、ご冗談を。」
「冗談じゃないです。」
「ちょっと俺が歳上だからかっこよく見えるだけじゃないの?」
「そんなこと、」
「あるだろ。」


ほら、いつもこう。私のことなんか全然相手してくれなくて、それどころか彼はいつも私の斜め上をすり抜けていく。


黒尾先生はバレーボールが強いってことを私は知っている。

兄の影響で見に行った大学のサークルの練習試合で見覚えのあるツンツン頭を見つけた。人当たりのよさそうな社交的な笑顔、それとはうって変わってバレーボールを追いかける時の真剣でまっすぐで鋭い瞳。ただの塾講師の一人にすぎなかった黒尾鉄朗というその人は、その日から私の心を掴んで離さなかった。

ちなみに私がそのことを知っているのは誰にも秘密。噂になるのは煩わしかったし、なにより黒尾先生のかっこいい部分を他の子には知られたくなった。

それから、それをいいことに私は気付かぬ振りをして機会がある度にオープンキャンパスや文化祭、説明会に通った。塾でも隙を見つけては質問に行った。
でも運良く大学で先生を見かけても大抵は綺麗な女の人を何人か連れて歩いているので私の胸はズキズキ痛む、そんな自分に向かってバカみたいと呟やいた。




黒尾先生は確か大学2年生だ。年はそんなに離れていない。

でもそれ以上に先生と生徒、高校生と大学生、先生と生徒である私の間には越えてはいけない一線があるのだ。
すこし背伸びをすれば簡単に越せてしまいそうで、でも決して越えられない一線が。そう思うととてつもなく泣きたくなってしまったけれど先生の手前グッと堪えて無理矢理笑顔を作る。



「あ、じゃあファンならどうですか?」

「ファン?」
「そう。私は黒尾先生の、ファン。」


黒尾先生は少し悩んでから、それは面白いなと言って笑った。その爽やかな響きは少しくすぐったかったけれど黒尾先生が笑ってくれていたからホッとする。
その笑顔は反則だ。少年のように無邪気で、ボールを追いかけていたあの時の顔に似ている。


「あの、さっそくですが一緒に写真撮ってくれませんか?」
「写真?」
「ファンには普通撮ってくれるものです。」
「黒尾先生はファン想いだからな、いいぜ。」



スマホがカシャリと音を立てる。
写真の中の私は顔が少しこわばっている。一方の黒尾先生は相変わらず、余裕そうな笑みを浮かべている。まったく、そんなところがまたかっこいい。


「おー、焼き増してくれよ」


不意に黒尾先生が、画面を覗く。私はそれを聞いて待ってましたとばかりに返答をする。



「面倒なので今送りますよ、連絡先教えてください。」
「ダーメ。普通ファンには教えないだろ?」

しかし先生はひっかかることもなくスッパリと断った。してやられた気がして凄く悔しい。黒尾先生とプライベートのメールがしたいとかそういう訳ではない。ただ、寂しくて、不安なだけ。



「でも、受験が終わったらもう黒尾先生には会えなくなっちゃうじゃないですか。」

「まーそりゃしょうがないだろ?」

どうせ寂しがっているのは私だけだろう。先生にとってしてみたらわたしなんてただのファンの一生徒にすぎないのだから。
そう、そんなことを考えれば分かりきっていたことでも酷く胸が痛くなった。ギュウギュウと締め付けられるような、息苦しさ。
ああ、これを感じている時点で私はファンなんかではないのだ。





「そういや、みょうじの第一志望はN大で提出されてたな。」
「はい。」
「てっきりもっと上のとこ来ると思ってたけど?」
「いやー、無理ですって。」
「そっか。なんだ、俺の思い過ごしだったのか。」


何回もオープンキャンパス来てたからてっきりうちの大学かと思ってたのにな、とその後に先生がボソリと呟いたその言葉を私は聞き逃さなかった。
それは、つまり。私が熱心に先生の大学足を運んでいたことがバレていたということか。


「いやぁ、私には無理ですって。」
「オイオイ、何のための講師なの俺。」


そうやって先生が得意気な顔で言うものだから胸の高鳴りは止んでくれなかった。



どうしてそうやって他の生徒には見せないような無邪気な顔を私には見せてくれるんですか。もっと側に寄ってしまいたくなるし、期待してしまうけれどいいのですか。
先輩としてなら連絡先位教えてやっから、と笑う黒尾先生の笑顔にまた惹かれた。センターまであと300日、これは嫌でも今日から勉強漬けになるしかないらしい。


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