「お前らの年から見たら俺なんかもうおっさんだろ」

「そんなことないですよ!むしろ射程圏内だって友達は言ってました!」

「撃たれるのか」

「二口さん、揚げ足取るの禁止!」


それは俗に言う世間話の一部で、付け足すならばなんともない軽口だったのに。
それはお前もか?とは聞けなかった。
既に仕留められている分際で俺は何を言おうとしていたんだか。
溜息を飲み込んだことには気付かれないだろう。
買い慣れた煙草の番号を言おうとして口を開くと、確認するように重ねられた声に視線が上がる。
「覚えちゃいました」なんて嬉しそうにへらりと笑うアホな顔は、もう見慣れたはずなのに。

心臓がひとつ、大きく鳴った。



▽△▽




一人暮らしの強い味方である24時間営業のコンビニには仕事を終えた身体を電車に乗せて、いつも大体21時前に足を運ぶ。
ビールとつまみ、切れてたら煙草。
成人してから気まぐれに吸い始めた煙草は、いつの間にか自分の生活に無くてはならないものになっていた。
嗜好品と呼べるのか定かではない吸って吐くだけの短い管。
身体に悪い、と青根には酒の席で無言で抗議されたっけ。
今ではコンビニに通うひとつの理由にもなっているから、いいんだけど。


「あ、二口さん!お疲れ様です、おかえりなさーい」


夏の終わり頃からレジのカウンター越しに話すようになったコンビニの店員は、 気の抜けたような顔で笑う17歳になったばかりの女子高校生だった。


「いらっしゃいませ、じゃねぇの?」


客が入ったことを知らせる軽やかな音にみょうじは、いつものように俺の姿を目に留めると明るく笑う。
割ともう遅い時間だと思うんだけど、元気なのは若さのなによりの証拠か。


「でも仕事帰りでしょう?」


そうだけど。
こっちが毎回どんな気持ちでそれを聞いているかわかってんのか、このバカ。
いつもと変わらず、ビール二本と適当に選んだ惣菜を一つ置くと、レジ前に『みょうじ店員がごり押し!』の文字の一緒に新商品と書かれたスナック菓子が並べられてあるのが目に入った。


「またポップ書いたのな」

「そうなんですよ!ごり押し!」


美味しいですよ。と笑いながらバーコードを読み取るみょうじ。「タバコはどうしますか?」「あ、要る」「はーい」年齢確認の画面へのタッチに慣れたことに、なんだか今更ながら違和感を覚える。
この前のバレー部のOB会で懐かしい面子と顔を合わせたからだろうか。
小さなズレが拭えない。
茂庭さんがまだ年齢疑われるってネタで散々笑って、青根が猫を飼い始めたことには風貌とのギャップを感じる反面、妙に納得して。
声を揃えて言った、「とりあえず、ビール」に皆して涙目になるほど笑ったのが記憶に新しい。


「二口さん?」

「あー、うん、悪い」


ボーッとしてた。



△▽△




電車の向かいのホームで見つけたアイツは、短いスカートから伸びた足を交差させてイヤホンをして、そりゃあもうコンビニでへらへら笑ってるあの女とは似ても似つかなかった。
もう秋も深まってきた高い空のもとでは、朝でも吹く風は冷たい。
向かいのホームでみょうじは欠伸を噛み殺して首をすくめると、軽く膝を曲げて身体を縮こまらせる。

見過ぎただろうか。
つまらなそうに視線を落としていたスマホから顔を上げたアイツと目がばっちり合ってしまった。
気まずい。そう思ったのも束の間、アイツはいつものようにパッと顔を輝かせて、でもそれが恥ずかしかったのか赤らめた顔で小さく笑って会釈を寄越した。

俺の後ろに並ぶ馬鹿な男子高校生たちが「可愛いな、誰にやったんだ今の」「俺じゃねーの?」なんて馬鹿な会話としょうもない妄想を繰り広げている。
俺らもこんな時期があったなあ。
バカなことと同じくらい、真剣にバレーをやってた時代が。

でも残念、今の俺は男子高校生でもバレー部の主将でもなくて、社会を構成する一端のリーマンで。
俺は後ろの男子高校生達に見える高さまでわざと腕を持ち上げて、薄紅色の頬で笑うみょうじに向かって手を軽く振った。

ザマーミロ、馬鹿な男子高校生。



△▽△




夜、いつもの時間にコンビニに寄れば、俺の見えない位置から「いらっしゃいませー」と声が聞こえた。
あ、俺だってわかってない。
今日は品出しのようで、みょうじは棚の前にしゃがんで菓子類を並べている。


「よぉみょうじ」


俺が声を掛けると、みょうじはパッと顔を上げて「ふたくちさん」そう口を動かしていつものようにへらりと笑う。
あー、思った通りの表情を浮かべられると案外心臓に悪い。
思わずにやけた口元をみょうじから隠すために視線を泳がせると、目に留まったのはコイツの名前を知るきっかけになったチョコレート菓子。


「期間限定なのに割と長くあるよな」


思わず口をついたそれに、みょうじは俺が何を指しているか気付いたようで「ちょっとばかりロングセラーなんですよ」と自慢気に笑った。


「あ、そういえば今朝、いつから気付いてたんですか?」

「お前が欠伸を噛み殺してたとき」

「全然気が付かなかった…恥ずかしい」


本当に恥ずかしそうに俯いたみょうじの髪は今朝と違い、頭の後ろでひとつの団子になっていて白い首筋が目に映る。
けっこう見てたんですよ、はい。


「まぁ、制服着てるとほんと、ただの女子高生だなお前」

「そう、ですね」


不自然に会話が途切れる。
みょうじの横顔に翳りが見えたような気がしたが、それは俺がスナック菓子の袋をひとつ取ると、わかりやすいくらい明るくなった。
レジの横で少し前にみょうじが薦めていた商品である。
こちらを見上げる表情は「ご機嫌です」と言わずともわかるようなニコニコ顔なのが見て取れるけれど、感情が表情にストレートに出すぎるのは時々心配になる。

隣にしゃがんで、なぁ、と覗き込んだ顔はいつも向けられる笑顔と変わりはなくて、


「今日バイト終わんの何時?」


なんつーか、そこまでわかりやすいのもどうかと思うけど。
まぁでも…オニーサン、その赤い顔にちょっとくらい期待してもいい感じ?



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