高校を卒業し、小さな車の整備工場で働きだして数ヶ月が経った。
最初は慣れなかった仕事や、実習着とはまた違う着慣れない繋ぎも大型車の運転も、今では大分慣れてきて、少しずつではあるけれど任される事も多くなったりして。毎日ヘトヘトで大変だけれどもやりがいを感じている。
今日は金曜日。店のオーナーは県外のオートレース場にイベントの関係で出張に行ってしまった為、只今店番を任されているのだが、それを口実に歳下の俺の彼女、なまえを仕事場に誘った。ちょっとイケナイコトをしてる背徳感と、俺もいよいよ大人っぽい事出来るようになったなぁという謎の高揚感で少し胸が苦しい。
仕事場で彼女と会うのは初めてだから、我ながらちょっとドキドキしている。繋ぎ姿だし、オイルとかもいじってたからちょっと臭うかな俺。嫌われないと良いけど。
「......6時か...」
そして誘ったのは良いものの、なかなか時間になっても当の彼女が現れない。メッセージも既読にならないし電話にも繋がらない。鈍臭い彼女の事だから多分何かあったのだろうか。心配だ......
タオルで汗を拭い、バンパーの間に身体を入れながら整備箇所の最終チェックを行っていると、コツコツとローファーの鳴る小さな音が聞こえてきた。
バンパーから顔を出し目視で確認したら、伊達高の女子の制服を着た女の子がよたよたと歩み寄ってくる。なまえだった。
「かっ...要さん!おつかれさまです」
「なまえ遅かったじゃないか!心配したよ!携帯にも出ないし.......って、どうしたのその膝!?」
心配して駆け寄ってみると、彼女の膝小僧にはタラタラと鮮血が流れていて、一応ニコニコはしているが彼女の瞳は少し赤くなっていた。痛かったんだろうな。痣もできてるし、相当派手に転んだなこりゃ。
「ちょっと坂道で転んじゃって...」
「いやいやそれちょっとどころの傷じゃないよね」
「あはは...」
「あーあー靴下まで垂れてるじゃんか!ほら消毒するからこっち来て」
「えっ、ちょ、あっ!!.....もうっ、じ、自分で歩けますよ!」
「はいはい暴れない」
彼女の傷口を庇いながら彼女の肩と膝裏を支えグッと持ち上げ、俗に言うお姫様抱っこをすると、車庫の隣にある休憩室まで連れて行く。 俺もまだまだ出来た人間じゃないからさ、お得意さんのロードスターのメンテナンスより、私情を優先させてしまう半人前なんだよ。
「あの、重いですから私...!」
「軽のタイヤ2本分くらいかな、」
「もっと重いですよ!」
「じゃあ3本かな」
休憩室のドアを開け、少し年季の入ったソファーの上に彼女を座らせる。ここで働いてるのは俺とオーナーと先輩二人だけだし勿論女の子が入る事なんてまず無いから、とにかく小汚いのが申し訳ない。
取り敢えず石鹸で手を良く洗い、綺麗なタオルを水で濡らし絞ってから、確か棚に救急箱があったはずなので何とか探して取り出すと、彼女の元まで戻り足元に跪く。
「ごめんなさい仕事中なのに。」
「ん?大丈夫だよ、アレもう殆ど終わってるし」
なまえは鈍臭いのにそういう所気にしいだからな。まあでも、気にしいな所は俺に似ちゃったのかな。そう思うと少しかわいく思えてきて自然と胸が熱くなる。
「今消毒してやるから」
「ごめんなさい」
「染みるけど我慢してね」
「い、痛くしないでください...」
「そんな事言われても...」
俺を見下ろしながら制服のスカートの裾をギュッと握っているなまえが可愛くてつい息を呑んだ。
それを誤魔化すように救急箱を開け、大きめの脱脂綿にマキロンを染み込ませる。
その様子を彼女が不安そうに見つめてきたので頭を優しくなでてあげたら、照れたように目を伏せてしまった。
「すぐ終わらせるから動かないでね」
「うっ...く...ッ〜!」
なるべく彼女が痛くないように優しく、濡れたタオルぽんぽんと汚れや血を拭き取っていく。徐々に赤く滲んで行くタオルを見ているこっちも痛々しくなってくる。
「染みるよな...頑張れ、あとちょっとだから」
「くぅぅ...」
スカートをぎゅっと握ってる手が白くなっていて、相当痛いんだろうなぁと申し訳なくなりながらも何とか傷口を拭き終わり、マキロンで消毒もおえると、大き目の絆創膏をそっと貼ってあげる。
「はい、終わった」
「すいません、ありがとうございます...」
「あーあー握ってたからスカートシワシワになってる」
「いたかっだんです...っ!」
「わかってるよ、よく頑張った」
いい加減俺も疲れたので、休憩がてら彼女の隣に腰掛ける。
痛みを誤魔化すように脚をさすっているまだ汚れを知らなそうな手の上に自分の手を重ねると、彼女の手の動きが止まってしまう。
ピンク色にそまった頬を伝った涙をそっと指で拭ってやると、彼女の肩が小さく震えた。
そんな可愛い仕草をされてしまっては間が持たないので、彼女から目を逸らしながら話題を持ちかける。
「次からは気をつけるんだよ」
「はい...」
「痛い思いするのはなまえなんだから」
「要さん、お母さんみたい」
「あのなー...なまえが心配だから言ってるんだよ?」
まだ涙で赤くなってる目で小さく笑ってるを隣で見て、ようやく笑顔が戻ってくれたと少し安心した。なまえの笑った顔が凄く好きだから、見ていると俺も安心する。
「要さん、どうしよう」
「どうした?」
「こんなアザだらけじゃ、お嫁さん行けないですね私」
少し間が空いたと思ったら、そんなことを急に、さらに寂しそうに笑いながら言うもんだから、つい俺もびっくりしてしまう。
そんな悲しい事言われて、俺にも訳が分からない謎の焦燥感に襲われて、気付いたら隣にいる彼女をおそるおそる抱き寄せていた。
「大丈夫。おれがちゃんと...貰うから」
「...っ」
なんてキザなことを言ってしまったんだと、そのあと後悔した。もっと大人な返答が出来るようになりたいものだ。
あんまりにもキザだったから、歳下の彼女に笑われてしまうかな。なんて心配だったけれども案外彼女はちゃんと受け止めてくれていて、「じゃあ安心ですね」なんて俺の肩に額を擦り寄せながら甘えてきてくれた。
「ゴメン、オイル臭くて」
「ううん、要さんの頑張ったにおいがします」
「...はは、ありがとう」
「すきです、私、このにおい...」
「あーもう、そんな可愛いこと言うなよ...!」
鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅いで来たのがなんだかものすごく照れくさくて、仕事場だという事を忘れて彼女の体をさらにきつくだきしめた。
女の子にしか無い特有の、身体の柔らかさと優しい匂いに少なからず反応して興奮してしまう自分がいた。こう言う雰囲気になると、自分の理性と葛藤するのでいつも精一杯だ。大人の余裕とやらを早く習得したい。
「今日なまえ送ってってあげるから、仕事終わるまでもう少しここで待てる?」
「やった!前乗った要さん号ですか?」
「か、要さん号ってやめろよ、恥ずかしい......ただのバンだから、」
まだまだ俺は社会人として半人前だし、そりゃお給料だって貯金だって、他人を構ってられる程まだ貰えてないから君をお嫁に貰うなんて大それた事出来るのは、いつになるかは分からないけど。
俺は真面目に考えてるよ。君とのこれからの生活の事を考えると楽しいことばかりしか浮かばないから、1日でも早く実現させたいと思うよ。
だからいつかなまえと一緒に暮らしていけるように俺は毎日頑張って働くから。
だからさ、それまで待っててくれるかな。
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